「走らないでね」の看板を掲げた、ディズニーリゾート辛苦の思い

ディズニーの看板

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東京ディズニーリゾートで掲げられた「走らないでね」の看板。

その根底に流れるディズニーの哲学は、ビジネスパーソンにたいせつな気づきを与えてくれます。

「走らないでね」の看板に詰まるディズニーの思い

ディズニーリゾート開園直後。入場ゲート付近では多くのキャスト(従業員)が「走らないでね」の看板を手にしています。

訪れたゲスト(客)が開園と同時に走り出す、いわゆる「開園ダッシュ」の防止策です。

ディズニーの葛藤

4月初旬、ディズニーリゾートに出かけた際目にした、この「走らないでね」の手持ち看板。

わたしは、そこに「ある違和感」を感じました。

なぜなら、ディズニーではお客さまに「命令や指示」をしないという考え方があることを知っていたからです。

わたしはまったくぜんぜんディズにーの関係者ではありませんが、ディズニー関連の書籍をよく読みます。

という程度の「知識」ではありますが、いずれにしても違和感です。

「走らないでね」という言葉は表現こそおだやかなものの、伝えようとしていることは命令や指示のたぐい。

「命令や指示」をしないという考え方、いわば哲学を崩してまで掲げた看板が意味することとは?

その場に居合わせればわかりますが、ゲストによる「開園ダッシュ」は一つのパニック状態です。

危険な事故の可能性がある開園ダッシュは是が非でも止めたい、それが運営側であるディズニーの思いでしょう。

封じていた「命令・指示」の言葉を持ち出してまで掲げられた看板は、ディズニーにとって窮余の策であったことがうかがえます。

「ダメ」の言葉にお客さまは恥をかく

そもそもなぜ、ディズニーではお客様に命令・指示をしないのでしょうか。

それは、命令・指示が結果的に「お客さまに恥をかかせる」ことになるからです。これは、「ルールだからダメ! → ルール知らないの?」という図式です。

たとえば、「ここは飲食してはダメ!」。「禁止事項に書いてあるでしょ?」みたいな。

このように、ルールを持ち出されるとお客さまは恥をかきます。ルールというのは「基本的には正しいもの」であることを、お客さまも腹の底ではわかっているからです。

たいがいの場合、「わかっちゃいるけどやめられない」のです。だからそこを突かれると、お客さまはとても恥ずかしい思いをすることになるわけですね。

そういうことはディズニーがのぞむところではありません。

話がすこし変わりますが、ディズニーには「SCSE」という有名な行動指針があります。

このうちのCは「Courtesy(礼儀正さ)」を表しています。

この「礼儀正しさ」は。「すべてのゲスト(お客さま)がVIPだ」という精神。ひとことで済ませるならば「ホスピタリティ」にもとづいています。

礼儀正しきディズニーでは、お客さまに恥をかかせるなどできない、してはならないことなのです。

どうですか?それでも「走るな!」というディズニーの葛藤。「走るな!」とまでは言っていませんね、失礼。

それは「ホスピタリティ」なのか、「サービス」なのか

ところで。ディズニーのホスピタリティの話がでました。

「ホスピタリティ」に近い意味で使われる言葉に「サービス」があります。この二つの言葉について、少し考えてみます。

顧客の感動は「サービス」では足りない

ホスピタリティの語源は、ラテン語の「Hospics(客人の保護)」とされます。

ホスピタリティに近い言葉として使われる「サービス」。こちらの語源は同じくラテン語の「Servus(奴隷)」です。

「客人の保護」と「奴隷」。語源が示すようにそれぞれは似て非なるもの、むしろ別モノです。

イメージを整理してみると、

ホスピタリティ → 主体的、能動的
サービス    → 義務的、受動的 といったところでしょうか。

たとえば、お客様に一大事が発生した際、ビジネスパーソンであれば「なにがしかの対応」をするでしょう。

このとき、自分に与えられた「所与の条件の範囲内」で動くのか。それとも、その条件をいちど除外して対応を考えることができるのか。

そこに「ホスピタリティ」と「サービス」の違いがあります。

所与の条件の中で動くこと(サービス)について、自分にリスクはありません。やるだけやりました、とは言えますからね。

一方で。所与の条件という制限を超えて動くこと(ホスピタリティ)にはリスクを伴います。どういうことか?

東日本大震災時のディズニーリゾートのエピソードは、まさにこのホスピタリティそのものでした。

震災直後。園内に取り残されたゲストに対し、キャストは独自の判断で売り物であるお菓子やぬいぐるみを配布したといいます。

売り物をタダで、それを自分の判断で。これは言うまでもなく、キャストにとって自分のリスクです。

お菓子やぬいぐるみは売り物であり有料だ、という所与の条件を超えているのですから。

このように。「平時の常識」や「自らの権限」に縛られていては決してできないことがホスピタリティです。

お客さまの置かれた一大事を理解し、上司や会社の許可などなくても。己の保身をはかるよりも先に、自らの意思で商品を無料提供する。

できますか?

ディズニーリゾートでは「お客さまの感動伝説」の枚挙にいとまがありません。ホスピタリティが哲学として根付いていることの証左といってよいでしょう。

情熱がホスピタリティを育てる

ビジネスではよく、「サービスを向上して、顧客満足を高めよう」などと言います。

いうなればこれはテクニック的なものです。

一方で、ディズニーから学ぶべきことは「顧客感動のためにホスピタリティを育む」。

これはマインド的なものです。

サービスは教育できるものですが、ホスピタリティに教育という考え方は馴染みません。

前述のとおり、ホスピタリティの前提には「条件がなく、常にケースバイケースだから」です。

ディズニーのように組織に広く深く、マインド(心)を根付かせる源はなにか。

そこには「強い意志」が関与しているとわたしは考えます。

ディズニーでいえば「ハピネス(幸福感)を届けるんだ」というミッションです。

ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドのCSR情報を見ると、「お客さまと社会にハピネスを届ける」という宣言がていねいに語られています。

経営者や会社に、強い意志・冷めない情熱があるからこそ、マインドは広く、深く、そして長い時をかけて成長を続けていきます。

これはビジネスパーソンひとりひとり、自分自身にとっても言えることです。意志と情熱が成長を生む。

まとめ

ホスピタリティという言葉を最近ではよく聞くようになりました。

ところがどうも、「サービス」と混同しているような使われ方もなくはありません。

サービスに型はあっても、ホスピタリティに型はなし。これ、サービスとホスピタリティの見分け方。

型にはまったサービス自体が悪いわけではありませんが、時にはホスピタリティの眼でサービスの型を見直す必要があります。

ホスピタリティにより、サービスの型がより進化することは理想的な流れでしょう。

そのためにも。自分の中のホスピタリティを育んでいきましょう。

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  きょうの執筆後記
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春休み(4月1日、2日)のディズニーリゾートは初めてでした。
モーレツに混みます。そしていつもと少々様相が異なります。
パワーに満ち溢れた学生さんに占拠され、ファミリー層は力負けの構図ですね・・・

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ABOUTこの記事をかいた人

税理士レス経理エバンジェリスト、フリーランス型税理士。1975年生まれ。 フリーランスの経理・会社の銀行融資支援を得意にする、横浜市の諸留誕税理士事務所・所長。2016年4月、18年間の「勤め人」を脱して独立開業。以来、ブログを毎日更新中!