決算のときに、事務所の家賃を1年分前払いすると節税になるんだって。
これを税金の世界では「短期前払費用」と言います。たしかに、向こう1年分の家賃をまとめて経費にできます。
が。節税に行きつくまでに、いくつもの落とし穴が用意されています。どうぞお気を付けてお進みください。
短期前払費用をカンタンに使わないで
家賃を含め、「1年分前払いすれば、なんでも経費にできてオトク」的なイメージのある短期前払費用ですが。実は、そんなに使い勝手のよいものではありません。
短期前払費用の注意点
使い勝手に難がある短期前払費用。誤用して思わぬケガを負わずに済むように。これから、短期前払費用の注意点として3つお話しします。
- 短期前払費用の要件はキビシイ
- 短期前払費用の失敗事例集
- 短期前払費用で資金繰りは悪化する
短期前払費用の要件はキビシイ
短期前払費用を節税に使うためには、クリアすべきキビシイ要件があります。しっかり確認です。
短期前払費用の節税イメージ
はじめに、短期前払費用の節税イメージをつかんでおきましょう。
短期前払費用の対象は「家賃 月額20万円」。2017年3月31日決算での短期前払費用の計上を例にして考えます。下図のとおりです。
通常であれば、240万円(月額20万円×12か月)が2017年3月31日決算での家賃計上額です。
これに対して、2017年3月20日に2018年分の家賃を1年分前払いすると。倍額の480万円を2017年3月31日決算で計上できる、というのが短期前払費用のイメージです。
短期前払費用とは
イメージに続いて。「短期前払費用とは」について、法律条文やら過去の判例などを踏まえてまとめると次のとおり。
短期前払費用として節税の恩恵を受けるには、次のすべての要件を満たす必要があります。
- 等質等量のサービス提供に対する費用であること
- 収益の計上と対応させる必要がないものであること
- 重要性の原則に反するものでないこと
- 支払が契約に基づいていること
- 支払の翌期以降、時の経過に応じて費用化されるものであること
- 当期中に支払済みであること
- 支払日から1年以内に提供を受けるサービスにかかるものであること
- 毎期継続的に、支払額を支払日の属する事業年度の経費として処理していること
さぞかしウンザリされたことでしょう。「使い勝手に難がある」ことはご理解いただけたのではないでしょうか。それでもめげずに節税の道をゆくあなたのために、話を続けます。
短期前払費用の失敗事例集
こんな短期前払費用はアウトです、という失敗事例について。さきほどの要件を参考にしながら見ていきましょう。
顧問税理士への顧問料
節税策として決算間際に税理士報酬をまとめ払い。残念ながら、これは短期前払費用にはなりません。つまり、まとめ払いしても経費にはならない。
これは、税理士の顧問が「等質等量のサービス」ではないからです。顧問先の状況により、毎月の顧問サービス内容がまったく同じにはなりませんので。
等質等量のサービスの具体例として、家賃やリース料などの賃料、生命保険や損害保険などの保険料、機器の保守料などが挙げられます。
ちなみに、雑誌の年間購読料は短期前払費用ではありません。「サービス」ではなく「モノ」の購入だからです。
又貸し物件にかかる家賃
自身が借りている物件を、又貸しすることで賃料収入を得ている。この場合には、その物件の家賃を年払しても短期前払費用にはなりません。
これは、又貸しによる賃料収入と支払家賃の計上時期とを対応させる必要があるからです。
さきほどの要件に、短期前払費用とは「収益の計上と対応させる必要がないものであること」とありましたよね。これに反してしまいます。
又貸しによる賃料収入を、決算で1年分計上するのであれば。それに対応する物件の支払家賃の計上も1年分まで、ということです。
勝手に年払いする家賃
年払の家賃と言っても。契約内容が月払いであるのに、勝手に年払いしているような場合には短期前払費用にはなりません。
そもそも前払費用とは、「一定の契約に基づくもの」とされています。年払いをする場合には、家主との契約内容を確認し、必要に応じて契約を改める必要があります。
雑誌広告掲載費用の前払い
雑誌に広告掲載をする場合の広告費用を前払い。これは、短期前払費用にはなりません。
当たり前ですが、雑誌広告は発刊される雑誌のタイミングで広告が掲載されることになります。発刊のタイミング任せとなる広告では、「時の経過に応じている」とは言えないからです。
いっぽうで年中稼働しているWEBページへの広告や、看板広告などは短期前払費用になりえます。
翌期分の家賃の年払いを早くやり過ぎた
たとえば3月決算の会社で。翌期の4月~3月分の家賃を、今期の2月に年払いした場合。これは、短期前払費用にはなりません。
支払うタイミングが早すぎると、「支払日から1年以内に提供を受けるサービスにかかるものであること」に反することになります。
支払う時期から1年を超えるサービスに対する支払にならないよう、注意が必要です。年払いをするなら、決算月に。
家賃の年払いと月払いとを変更している
業績がよければ家賃を年払い、そうでなければ月払いというような経理をしている場合。年払いをしても、短期前払費用にはなりません。
頻繁に経理方法を変更することは、「毎期継続的に、支払額を支払日の属する事業年度の経費として処理していること」の要件に反するからです。
短期前払費用として年払いと決めたなら、原則、年払いを継続することになります。
多額の年払い家賃を計上する
年払い家賃の金額が、会社の利益に与える影響が大きすぎる。というような場合には、短期前払費用とは言えないとして問題になるケースがあります。
もともと短期前払費用には、「重要性が乏しいものとして簡易的な処理も認める」という「重要性の原則」の考え方があります。
にもかかわらず、何百万、何千万円の家賃計上。金額とは別に、利益に対する家賃の比率が大きい。これらは「重要性が乏しい」とは言えない、ということです。
過去の判例はあるものの、この重要性についてはケースバイケースです。金額がいくらならOK、比率が何%ならOKとは言えません。極端に金額が高い、比率が大きい場合には注意が必要です。
短期前払費用で資金繰りは悪化する
さいごの注意点。節税とは別の話として、資金繰りの観点からお話しします。短期前払費用を利用すると、資金繰りは悪化します。
資金繰り悪化のイメージ
なぜ、短期前払費用で資金繰りは悪化するのか?とてもカンタンなことです。
短期前払費用は、向こう先々の支払を前払いすることによって成り立ちます。本来、もっと後で払えばよかったものを、あえて前払いしているわけです。
もし、月額20万円の家賃を年払いするのであれば。240万円のお金を、「好き好んで」先に支払うということ。当然、その分の手元資金はなくなり、サイフが痛みます。
節税効果が30%働いた(240万円×30%=72万円)と仮定しても。168万円(240万円-72万円)のお金を失うことになります。
資金繰りの悪化は解消しない
さらに問題なのは、この資金繰りの悪化は、基本的に解消しないということです。
短期前払費用の要件に「毎期継続的に」というものがありました。一度年払いした家賃は、ずっと年払いを続けなければいけません。
資金繰り悪化が解消するのは、節税をあきらめて月払いに戻すとき。あるいは、会社をたたむとき。どちらも、「業績がよろしくない」という前提です。
そうでなければ、さきほどの168万円の資金繰り悪化は永遠に続く、ということになります。短期前払費用はこのジレンマと戦う必要があることを覚えておきましょう。
さらに言っておくと。月払いに戻せるかどうかは家主しだい、という側面もあります。
家賃の年払いは「契約に基づくもの」ですから、家主が月払いに戻すことをごねることは想定しておかなければいけません。
業績が悪い、おカネが無いから月払いに戻したいのに。家主にごねられた場合、これは「かなり困った状況だ」と嘆くことになります。
まとめ
短期前払費用の注意点について見てきました。
実務的には割と安易に、短期前払費用が節税策として使われているきらいがあります。
短期前払費用を用いる場合には、その要件、資金繰りに与える影響を理解しておきましょう。
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きょうの執筆後記
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