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『ブログもう書けない…』から僕が立ち直った3つの理由

ブログが書けない

もうムリ、もう書けない。

ブログを続けていれば、そんなときもあるものです。

ついこの間もありました、はい。そのとき、そこから、どう立ち直ったのか? という体験談。そして得られた教訓についてお話しします。

目次

誰にでもある!ブログもう書けないかもしれない症候群

きょうは、「ブログもう書けない・・・」ということについてのお話しです。

ブログを書いている人なら、誰でも一度くらいは経験があるのではないかと推測します(勝手に推測します)。

わたし自身に関して言えば、正直、一度や二度のことではありません。って、なんの自慢だこれ?

それはともかく。つい先日も、突如として「もう書けない」に襲われてしまったワタシ。しかも、かなりの重症版。

それでもそこをどうにか乗り越え、いまにいたった経緯から。あらためて、「ブログが書けない」ということについて、お話をすることにいたします。

話の全体像は次のとおりです ↓

  1. ブログが書けなくなる4つの「〇〇系障害」とは?
  2. 「〇〇系障害」それぞれへの対処法
  3. 対処できないほどのドン底から立ち直った3つの理由

 

ブログが書けなくなる4つの〇〇喪失系障害

ブログを書いている人なら、誰でも一度くらいは経験があるのではないか。と、冒頭述べました。

では、なぜ。ヒトはブログが書けなくなってしまうのか?

もちろん、人それぞれいろいろあることとは存じますが。「大別したらこうであろう」という仮説でもってまとめてみました。次の4つです。

  1. ツラい思いをしてまでなぜ書いているのかわからない、という「目的喪失系」
  2. 何を書いても反響が無い・反応が薄いことが気になる、という「自信喪失系」
  3. 記事に書くネタが無い、という「話題喪失系」
  4. ブログを書いている時間が取れない、という「時間喪失系」

いずれも「〇〇を喪失」したことにより、ブログを書くことに障害が発生した。という理解です。

それぞれについて、このあと少々補足します。

目的喪失系

ブログを書く、続けることのツラさで、そもそもの目的を見失っているケース。たとえば、

  • とにかくツラい、書くのをやめたい
  • こんなことにばかり時間を使って意味あるのか?
  • もっとほかにもやるべきことがあるだろう

などなど。目の前のツラさに流され、そもそものブログを書く目的はどこへやら。そんな状態です。

自信喪失系

書いたブログの成果が芳しくなく、自身を失っているケース。たとえば、

  • SNSに流しても、ちっとも反応が無い
  • PV(ページビュー)が全然増えない
  • どうせオレのブログなんて・・・(← 隣の芝が青く見えるばかり)
  • 仕事につながらないじゃないか

などなど。ブログを書くことに対する効果に目が奪われてしまった。そんな状態です。

話題喪失系

ブログを書くためのネタが無い、うまく書けないというケース。たとえば、

  • なにを書けばいいかわからない
  • ネタはあるのに、うまく記事にできない
  • こんなことを書いてもしようがないんじゃ?

などなど。なにかしらネタに原因があり記事を書くことができない。そんな状態です。

時間喪失系

他の予定との兼ね合いで、ブログを書く時間が無いというケース。たとえば、

  • ブログを書くのに〇時間もとれない
  • 毎日スケジュールがいっぱいいっぱい
  • ブログよりも必要に迫られていることがある

などなど。とにかく現実的に時間が無い。そんな状態です。

 

「〇〇系障害」それぞれへの対処法

さきほど確認したブログが書けなくなる4つの〇〇系障害。それぞれの対処法について考えてみます。

目的喪失系障害への対処法

そもそもの「ブログを書く目的」に立ち戻ることです。なんのためにブログを書こう、というのか。場合によっては、軌道修正も必要でしょう。

「目的」は、他の〇〇系障害にも有効なことであり。いちばん大切なポイントと言えるでしょう。

自信喪失系障害への対処法

他人(ひと)は他人(ひと)、自分は自分。そう割り切ることです。他人の反応を無視してはいけませんが、必要以上に気にするのはいけません。

目的に沿ってブログを書いている限り、他人の反応を気にし過ぎる必要はないはずです。

話題喪失系障害への対処法

ネタはどこにでもある、自分でも気づかないほど身近なところにもある。そこにアンテナを張れ! 自らもタネを撒け! というようなことが言われます。実際、その通りです。

ちなみに、ネタがあるのにうまく書けないのは。たいていの場合、ネタが十分に育っていないから。ネタにするのにふさわしい時期ではない、という時期尚早。

時間喪失系障害への対処法

ブログにどれだけの時間をかけるか。その時間をいかに捻出するか、の計画が必要です。空いた時間で書こう、というのでは難しいものがあるでしょう。ヒマな人などいないのです。

計画を決めたなら、その計画を実行・管理する能力も問われます。ブログも他のスケジュールも、改善・効率化をはかりながら、実行確率を上げていかなければいけません。

と、エラそうなこと言っておきながら対処できなかったワタシ

以上、4つの〇〇系障害への対処法でした。しかしながら、つい先日わたしの身に訪れた「ブログ書けない・・・」はこれで対処できませんでした。

言うなれば、4つの障害すべて同時に、突然に襲われたようなものでして。エラそうな記事を書いた直後でもあり、不徳のいたすところとしか言えませんが、そういうこともあるようです。

要は、さきほどの対処法は「正論」ではありますが、正論では対処できなかった事例がある。ということで、そんなワタシがどう乗り切ったかについて、さいごに触れておきます。

 

対処できないほどのドン底から立ち直った3つの理由

きょうで426日間、ブログの毎日更新を続けています。そのわたしが、突如として対処できないほどの「ブログ書けない・・・」に襲われました。

「もう書けない、ムリ。ブログの毎日更新からは降りよう。」と、本気で考えました。それが自分の結論でした。

にもかかわらず、いまもなお毎日更新を続けていられたワケとは。次の3つです。

  1. 「妻」に止められた
  2. 「続けること」をあえて目的にした
  3. 「書きたいこと、書けること」を書くことにした

では、順番に見ていきます。

「妻」に止められた

文字どおり、妻に止められました。「毎日更新はやめようと思う」と言うわたしに対して、「やめるな、続けろ」と。

ええ、正直思いましたよ。「鬼嫁か!」って。こっちは毎日毎日2時間以上の苦行を強いられているというのに。「とにかく続けろ」って・・・

そのときのわたしときたら、相当弱っていましたので。ああでもないこうでもないと、毎日更新ができない理由を並べたてました。女々しい、というかなんというか。

対して妻は男らしく終始一貫しており、毎日更新を決して譲らず。「いま止めたら、また次はゼロからなんだよ」と。

結局、根負けしたわたしは「いいよ、いいよ、わかりましたよ。書けばいいんでしょ、書けば」と女々しさを引きずったまま、その日もブログを書いたのでした。

これが良かったのかどうかは別の問題として、言えることはひとつ。妻がいなければ、わたしは確実に毎日更新を止めていた。ということ。

毎日更新を止めたあとどうなっていたのかはともかく。絶対に後悔が残ったことでしょう。なんだかんだと400日以上ですからね、相応の想いは当然持っています。

当ブログ記事は、毎日必ず妻のチェックを受けており。そんな妻もまた、似たような想いを持っていた。ということでしょうか。

もちろん最後の決断は本人がすることですが。決断の過程として「ひとりで決めない(決めすぎない)」ということが、この話の教訓と捉えています。

「続けること」をあえて目的にした

ブログを書く人には、それぞれブログを書く「目的」というものがあるはずです。

たとえば、人に伝えたいこと・教えたいことがある、とか。自分のことを知ってもらいたい、ブログから仕事につなげたい、とかいろいろあるでしょう。

ところで、「続ける(毎日更新する)こと」をブログの目的だ、と言ったらどう感じますか?

おかしいですよね。だからなんのために毎日書くんだよ、って思いますよね。わたしもそう思っていましたし、いまでもそう思います。

けれども今回の一件で、あえて「毎日更新すること」をブログを書く目的に加えました。毎日更新それ自体に意味がある、そう考えたわけです。

よくよく考えてみると。ブログをはじめた当初から、「毎日書けなければ意味がない」と考えていました。

たとえば、平日だけとか、2日にいっぺん、とか言っているようではいずれ書けなくなる(←わたしの場合、です)。そう考えて毎日更新してきました。

ですから、なんかヘンだとは承知しながら、あえて「毎日更新」をあらためて目的に。綺麗な目的ではないけれど、自分の本音・本心を大切にしようということです。

ブログを書く目的は自分のモノであり、人様にとって綺麗でなくったっていいよね。という教訓です。

「書きたいこと、書けること」を書くことにした

さきほど、ブログは「毎日毎日2時間以上の苦行」だと言いましたが。このあたりの心境にも大いに問題がありました。

本来的には、人に伝えたいこと、自分が話したいことを、楽しく書けるのが一番です。なのに「苦行」って・・・

思い返してみると。「伝えたい・話したい」ということから、「伝えるべき・話すべき」ということに記事の比重が移ってきたように思います。

「したい」よりも「べき」を取る。それは、ある種のブログ論としては正解なのでしょう。「したい、したい」という自分の楽しさばかりでは、人に伝わらないことがありますからね。

けれども、そんな楽しさもなければ、ブログが続かないことにもなりかねません。続かなければ、伝えたいも話したいもなくなってしまいます。本末転倒。

というわけで。これは書くべきではないなぁ、とか。こんなこと書いてもしかたないかなぁ、という気持ちからは少し離れて。もっと自分が書きたいこと・書けることを書けばいいよね、と。

だいたい好きで書きはじめたのだから楽しく書き続けようよ、という教訓です。

 

まとめ

「ブログが書けない」ということについて、お話をしてきました。

ブログを書く理由も、書けなくなる理由も人それぞれです。人それぞれなのですが、同じ「ブログを書く者」として、どこかに相通じるところもあるはず。

そう考えて、恥を忍んで、わたしの実体験をお話ししたしだいです。どこかで誰かの「ヒント」になったらいいな、と。話したいこと、伝えたいことを書きました。

 

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  きょうの執筆後記
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