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行動することの大切さを刻み込む名言10選〜僕の名言コレクションから

行動することの大切さを刻み込む名言10選〜僕の名言コレクションから

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とにかく行動しなさい、というのはよく言われることだけど。わかっちゃいるけどなかなか動けない、行動できないのがヒトでもあります。

そこで、行動することの大切さを刻み込む名言をご紹介していきます。

ヒトの悩みや問題は、いまも昔も変わらない。

とにかく行動しなさい、というのはよく言われるところです。

とはいえ。わかっちゃいるけどなかなか動けない、行動できないのがヒトでもあります。行動できないことを自覚して悩んでいるヒトもいれば、行動できないじぶんに気づいていない… という問題を抱えているヒトもいます。

このような行動にまつわる「悩み」や「問題」は、いまも昔もかわらず、古今東西に共通するものとして存在をするようで。多くの先人が、「行動することの大切さ」を後人に刻み込まん、と言葉に残しています。

そこで。偉大なる先人の知恵、いわゆる「名言」を参照してみましょう。同じように悩み、そのなかから導かれた言葉には価値がある。

昔からちょいちょいコレクションしている名言のなかから、行動することの大切さを刻み込む名言をご紹介していきます。こちらです ↓

行動することの大切さを刻み込む名言10選
  • 愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる。
  • 何であれ、ことを先に延ばすのは簡単なことだ。一滴の汗も流さずにできる。
  • やりたいことを躊躇していても命には限りがある。
  • 何かをするより、何もしないことのほうが辛い。
  • 自分に何ができるかを知っている人間は自分以外にないが、自分さえ試みるまではわからない。
  • 動くか、動かされるか、どちらかだ。
  • いかなる犠牲、いかなる危険を伴おうとも、すべての危険の中でもっとも大きな危険は、何もしないということである。
  • 暗いと嘆くより、あなたが進んで明かりを灯しなさい。
  • 失敗はない、あるのは結果のみ。
  • いつかできることはすべて、今日もできる。

それでは、このあと順番に見ていきましょう。

 

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行動することの大切さを刻み込む名言10選

愚か者が先延ばしにすることを賢者はただちに取りかかる。

バルタザール・グラシアンさん/哲学者

行動をしない・できない代わりにやっていることに「先延ばし」があります。

タスクリストのなかからずっと消えない、残りっぱなしのタスクがあるんだよなぁ… というのは「先延ばし」のあらわれでしょう。かく言うわたしにも経験はあるし、いまだに起きることでもあります。

そんなときには、この名言を思い出すのです。

賢者はただちにとりかかっている。すでに行動済みであり、終わらせている。して、オレは?行動できずに先延ばしをしている。愚か者だわ、と。

安直ではありますが。賢者と愚か者、どっちがいいかと言えば「賢者」です。できることなら、愚か者にはなりたくありませんよね? ならば、ただちにとりかかるべし。以上。

何であれ、ことを先に延ばすのは簡単なことだ。一滴の汗も流さずにできる。

ウエイン・W・ダイアーさん/心理学博士

引き続き、先延ばしについての名言をもうひとつ。

もしも、じぶんがいま「ラクをしているなぁ」と感じているのなら。ラクをしているとまでは言わずとも、「ツラいこと・きびしいこともあまりないなぁ」というのなら。

それは、「一滴の汗も流していない」からであり、つまりは「先延ばし」をしているからなんじゃないの? と、ドキリとさせてくれる名言です。

行動は「動き」を伴うものである以上、カラダなりアタマなりに多少なりとも「汗」をかくもの。最近、汗はかいていますか? そう、じぶんに問いかけてみましょう。はい、わたしもそうします。

やりたいことを躊躇していても命には限りがある。

斉須政雄さん/料理人

先延ばししてしまうじぶん、行動できないじぶんを知っている。でも、なかなか動くことができない。動き出すことができない。

そんなときには、この名言でじぶんに発破をかけるのはどうでしょう。

命には限りがある。だれもが知る、あたりまえのことでありながら、それに見合った毎日を過ごしていないという矛盾。

最近話題になった「100日後に死ぬワニ」のように、ヒトにはだれしも刻一刻と死が迫っています。それが 100日なのか1,000日なのか、10,000日なのか。はたまた、たったの1日なのかはわかりません。

いずれにせよ、限りある命を考えたときに、躊躇をしている時間はない。いちどきりの人生です。すべきことがあるのなら、やりたいことがあるのなら、いま動く。

実はじぶんしだいで、いますぐ動くことはできるんですよね。じぶんしだい。

何かをするより、何もしないことのほうが辛い。

ジョージ・ハーバートさん/詩人

さきほど、「命」や「死」について触れました。じぶんが命の終わりを迎えようとしているそのときに、「後悔」だけはしたくないものです。

わたしは、「ま、いっか」と思える人生でありたいと考えています。死ぬこと自体はよくありませんが、しかたのないことでもあります。

それを後悔なく受け入れることができるのだとすれば、それはやるべきこと・やりたいことをやってきた。「行動」をしてきたからにほかなりません。

逆に、行動できなかった、何もできなかった、と思えるのはツラいことですし。だから、行動できないことを自覚するときには、じぶんが命の終わりを迎えようとしている場面を、ちょっとイメージしてみるようにしています。

すると。あぁ、すこしでも後悔のないように生きなきゃ! との後押しになりますね。

自分に何ができるかを知っている人間は自分以外にないが、自分さえ試みるまではわからない。

ラルフ・ワルド・エマーソンさん/哲学者

行動することによる「可能性」、じぶんに秘められた「可能性」を示唆する名言です。

「やってみなけりゃわからない」とも言われることであり、やらずにいれば可能性をみずから放棄していることにもなりかねません。

わたし自身は昔から「保守的」なタチですし、「危険性」を気にしてしまうタイプです。行動することで起きるかもしれない危険が怖い… みたいな。

たしかに、危険はあるかもしれないけれど。それを上回る「可能性」だってあるかもしれない。じぶんさえ想像できない「可能性」だってあるかもしれない。

そう思うと、保守的なわたしでも冒険心がくすぐられるというものです。

動くか、動かされるか、どちらかだ。

エズラ・パウンドさん/詩人

実は、「行動」には2通りある。みずから行動するか、他人によって行動させられるかの2通り。ということに気付かされる名言です。

行動することがいくらだいじだとは言っても。もし、他人の言いなりで動いているのであれば、じぶんの人生を生きられない。他人の人生を生きるようなものだ、とも言えるでしょう。

したがって、みずから行動しているかどうか? を自問自動することも大切です。

思うに、みずから行動するための秘訣は「早く動くこと」。逆に、動くのが遅いと、他人なり環境なりに動かされることが多くなるからです。

もっとも。前述したとおり、保守的なわたしが苦手とするところではありますが。動かされないように、動かされる前にみずから動けっ! と、じぶんを叱り続ける人生です、はい。

いかなる犠牲、いかなる危険を伴おうとも、すべての危険の中でもっとも大きな危険は、何もしないということである。

ジョン・F・ケネディさん/政治家

動かずにいる危険、何もしないということの危険を、強く警告する名言です。

さきほど「動かされる」という話をしました。動かされるまで動かずにいると、危険がともなうことは少なくありません。茹でガエルの話もありますし。

後手に回ると選択肢も限られるものです。もっと早くに行動していれば… と考えるのは後の祭り。そんな祭りをいったいなんど繰り返してきたんだか、と振り返っているわたしです。

だから折に触れて、このような名言を眺めることで、じぶんを戒めるようにしています。長年染み込んだ「習性」というのは、なかなか頑固なものなので、根気強く向き合わなければいけません。

暗いと嘆くより、あなたが進んで明かりを灯しなさい。

マザー・テレサさん/修道女

この名言を見るにつけ、じぶんは「なんと器の小さなことか」と落ち込みます。

周囲や環境に対して、不平・不満を言っているヒマがあったら、じぶん自身でできることをおやりなさい! ということですね。はい、そうします。

にもかからず。世間のニュース、報道を見聞きしては、「アレがけしからん、コレがけしからん」と言ってみる。アレやコレがじぶんにコントロールできることであればよいわけですが、じぶんにはどうしようもないことであったりもします。まさに言うだけ番長。

じぶんにコントロールできないことは、できる人に任せるべきであり、じぶんはじぶんのことに集中すべきですね。なので、じぶんにコントロールできないようなニュース・情報は深追いをしないようにしています。

ちょっと話が逸れましたが。じぶんに灯せる光を、たしかに灯す。じぶんにできる行動をする、ということです。

失敗というのは幻想に過ぎない。あるのは、行動を起こしたという結果だけだ。

アンソニー・ロビンズさん/作家

行動をしようとは思っている。でも、行動したいけれどできない… こうした思いの背景には「失敗への恐れ」があります。

わたしも、なにかあたらしいことをやろうとするときには、どうしても失敗を想像してしまいます。が、それは幻想だとの名言です。

つまるところ、行動の先にある結果は「動いたという事実」であって、失敗したとか成功したとかは「評価」でしかありません。

失敗か成功かという評価も、基準はじぶんしだい。失敗も経験になる、失敗も成功のうちと考えれば、そもそも失敗もないわけで。やったもん勝ちだとも言えます。

そんなことで、つい最近も。失敗への恐れを抱きつつ、「だいじなのは、動いたという事実、行動をしたという結果」と唱えながら、あたらしいことにもなんとか挑んでいるわたしです。

いつかできることはすべて、今日もできる。

ミッシェル・ド・モンテーニュさん/哲学者

それを言っちゃあ、おしまいよ。という名言がこれ。

ところが、実際にそうなんですよね。ためしに、「いつかやろう」と先延ばしにしていることを思い起こしてみましょう。だいたいのことは、いつかではなく、きょうできることだったりするものです。

きょうだけではすべてができなくても。きょう、その一部に「着手」することはできたりもします。たとえば、ExcelVBAを習得したい!と考えていたとして(ほんとに考えてますけど)。

習得することはきょうできないにしても、習得するための勉強をきょうやる。きょうからはじめることはできます。でも、いつかやろう、あしたからやろう、などと考えるのは「あるある」でしょう。

だから、わたしは「ちょっとでもやる」ようにしています。たとえ、1日5分でもやる。なにもやらないことに比べれば、それも立派な行動だろうと考えているからです。

 

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まとめ

行動できないことを自覚して悩んでいるヒトもいれば、行動できないじぶんに気づいていない… という問題を抱えているヒトもいます。

そんな悩みを解消する、問題を解決するためにも。先人が残した名言に触れてみる、名言に倣ってみるのはいかがでしょうか。

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