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もう使わない!年忘れとともに忘れてしまうべき言葉5選

もう使わない!年忘れとともに忘れてしまうべき言葉5選

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多くのヒトにとって害が大きく、多くのヒトにとって使わないほうがいい言葉があります。年忘れとともに忘れてしまうべき言葉として、お話をしていきます。

島流しをも受け入れる覚悟で。

きょうは 2020年12月31日、1年の締めくくり。大みそか、ということで。年忘れとともにわすれてしまうべき言葉について、お話をしてみます。

おそらく、多くのヒトにとって害が大きく、多くのヒトにとって使わないほうがいい言葉。でも、ついつい使ってしまう・使っている言葉。わたしもそうです。油断をすると口にしてしまう。

ですから、いまここであらためて、「もう使わない!」と決めます。もし誤って使ってしまったら、すぐさま「島流しの極刑に科せられる」くらいに考えることにします。冗談抜きで。

それくらいに、忘れてしまいたい、忘れてしまうべき言葉。こちらの5つです↓

もう使わない!年忘れとともに忘れてしまうべき言葉5選
  1. むずかしい
  2. いそがしい
  3. でも
  4. あしたから
  5. じぶんなんて

それではこのあと、順番に見ていきましょう。

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もう使わない!年忘れとともに忘れてしまうべき言葉5選

むずかしい

「むずかしい」というのは、ある意味で「便利」な言葉です。「これはむずかしいね…」などと言いながら、思慮深げな顔をしていれば、その場をやりすごしたりもできますから。

けれどもこれは、別な角度から見ると「思考の放棄」にほかならない、とも言えるでしょう。

考えているフリをしているだけで、本気で答えを探そうとはしていない。なんてことはありませんか? わたしはあります… 「むずかしい」という言葉には、そういった「危うさ」がありますね。

だから、安易に「むずかしい」という言葉を口にしないよう、じゅうぶんに気をつける必要があるでしょう。

ほんとうに困難だ、という状況を表現するためであればともかく。ただただ、思考の放棄をしたいがための「むずかしい」は口にしない。そういうことです。

また、実際に困難だとしても、あまり「むずかしい、むずかしい」と言っていると、「できない理由探し」をしがちになります。もし困難なのであれば「どうやったらできるか」を考えるべき、なのにもかかわらずです。

したがって、「むずかしい」と口にするよりもまず、「どうすべきか・なにをすべきか」を考える。相手がいるのであれば、相手とそれを議論する。相手がいないのであれば、じぶん自身と議論する。

議論から逃げないことがだいじだと、考えています。つまり、「むずかしい」とは、議論からの逃げ口上だということです。

いそがしい

あぁ、いそがしい、いそがしい。仕事が終わらないや。みたいなこと、言ってはいませんか? わたしは言っていました。口にするばかりではなく、そういうオーラを放ってすらいたと思います。

いまにして思うと、それは「いそがしさ自慢」です。あまり自覚していないかもしれないけれど、「じぶんはこんなに忙しいんだ。スゴいだろ」「こんなに忙しいんだから、気遣ってくれよ」みたいなエゴも多かれ少なかれあるでしょう。

ずいぶんとカッコ悪い姿をさらしていたなぁ、と後悔をするところです。

まぁ、それはそれとして。独立開業してからは、そこまでのことはなくなりましたが。それでも、いそがしいと感じることはあるし、つい口にしてしまうことはあります。

よくありませんね。いそがしくしているのは、じぶんです。じぶんのせいです。勤め人にしても、独立していても、いそがしい状況を許しているのはじぶんです。

周囲のだれかの影響はあるかもしれませんが、その影響を放置している・対抗できないでいるのはじぶん。そこを認識しないと、いそがしいことがあたりまえ、いそがしいことが安心になってしまいます。メンタルとしてはヤバメです。

メンタルがやられると、往々にしてカラダもやられてしまう。これは、わたし自身、身を持って経験していることでもあります。

だから、安易に「いそがしい」とは口にしない。「いそがしい」を受け入れない。「いそがしい」を常態化しない。事実、いそがしいのであれば、かんたんには受け入れずに、いそがしい状況をいかに脱するかに取り組んでみる。

なので、「いそがしい?」と聞かれたら。どんなときでも、「いいや、ヒマですわ」と言えるじぶんでありたいと考えています。たとえそれが、ウソだとしてもです。

でも

多くのヒトが使ってしまいがちな言葉に「でも」があります。

その「でも」を使う場面はおもに2つ。ひとつは、「否定」の場面。もうひとつは、「さえぎり」の場面です。

まずは、「否定」の「でも」から。文字どおり、否定をするための「でも」です。ヒトの意見に対して、「でも、それはムリでしょう」というような否定的な意見を返したり。

あるいは、ヒトからのアドバイスに対して、「でも、わたしは〜」のように反論をしたり。否定的な意見にしても、反論にしても、相手の「否定」から入る「でも」は、よいものではないでしょう。

だって、じぶんが「でも」と言われたら、あまり良い気分はしないはずです。だから、まずは受け入れる。「でも」とは言わない。

ちなみに。否定したり、反論したりしてはいけないということではありません。まずは、いったん受け入れる。「でも」の代わりに、「はい、そうですね」と言ってみるのはどうでしょうか。

もし、否定や反論があるとしても、なにかしらの「共通点」があることは少なくないものです。その共通点を確認したうえで、否定や反論するほうが相手も受け入れやすいはずです。

それからもうひとつ、「さえぎり」の「でも」があります。ヒトが話していることに対して、「でも…」とさえぎってしまう。途中でさえぎるまではしないにしても、返す言葉のアタマに「でも」を付けてしまう。

これは、なかば口グセのようになっていることもあるので注意しなければいけません。わたしもまた、「でも」から言葉を返してしまうことがあります。否定する内容ではないのに、枕ことば的に…

ほんとよくないので、そんなわたしを見つけたら、ひっぱたいていただいてけっこうです。そのくらいしないとわからないんで。

あしたから

あしたからやります! とか。来月からやります! とか。きょう(2020年12月31日)だったら、年明けからやります! とか。これらはみな、「先送り」です。

やりたいこと・やるべきことがあるのなら、きょうからやればいい。いやいや、そんな時間がないのよ… と言うかもしれませんが。10分であればどうでしょう? 5分であれば、もっと言ったら1分であればどうでしょう?

さすがに、時間ありますよね。

やりたいこと・やるべきことを「完璧」にやるところから入らずに、まずは「着手」を優先するのがおすすめです。

ヒトは「やりかけ」のものが気になるもので、ちょっとでも着手をしていると、続きをやりやすくなります。心理学で言うところの「ツァイガルニク効果」です。

また、「完璧」を求めるあまり、「準備万端」を待ちすぎることもあるでしょう。けれども、すべてにおいて準備万端の状況というのは、ほとんどないものです。だから、少々不備があってもはじめるべきだとも言えます。

それからもうひとつ。

あしたや来月があるとは限りません。縁起でもないことを言うようですが、今晩にでも大震災が起きるかもしれない。急病やケガに見舞われるかもしれない。命を落としてしまうかもしれない。

その可能性は、けしてゼロではありません。

でもどういうわけか、「あしたもある」「来月もある」と決めつけているじぶんがいます。わたしもそうです。だから、意識的に「死を感じる」ようなしくみを用意しています↓

メメント・モリ(死を忘れるな)を実践するためにやっている3つのこと

少し暗いハナシですみませんが。ヒトは死を前にしたとき、「思い出」を拠りどころにするそうです。「じぶんがやりたいことをやりきったかどうか(という思い出)」を拠りどころに、満足して死を受け入れることができる。

おカネや名誉といったものではなく、「思い出」なのです。「あしたから」などと先送りばかりしていると、わたしたちはあした後悔することになるかもしれません。

だから、きょうからやりましょう。きょうできることをやりましょう。

じぶんなんて

わたしが長きにわたって忘れることができずにいる言葉。それが、「じぶんなんて」です。ときおり、じぶんなんて… と考えてしまう。

そんな「じぶんなんて」の言葉があらわすものは、「他者比較」です。じぶんとだれかを比較してみて、「じぶんなんて(まだまだだ)」と落胆したり、妬んでしまったり。

人間なんてそんなもんだろう、との考え方もありますが。良いことでないのはたしかです。

言われ尽くされていることとはいえ、比べるべきは「他者」ではなく、「じぶん自身」であるべきでしょう。つまり、「過去のじぶん」と比べてどうなのか? を問うべきです。

きのうのじぶんと比べてみて、1cmでも前に進んでいたらOK。すばらしい。たまに後退することはあっても、1年前の比べたら前進している。すばらしいことです。

でも、他者比較が過ぎると、「じぶんなんて」ということになってしまいます。

じぶんの立ち位置を「把握」するために、他者に目を向けるのもいいでしょう。けれども、「比較」をするのはあくまでじぶん。わたしはそう考えるようにしています。うまくいかないこともありますが。

なんにせよ、まずは「じぶんなんて」と口にする、考えることをやめるところからです。

また、「謙遜」の意味合いで「じぶんなんて」と口にすることもあるでしょう。これもまた、良いことではありませんね。「自己否定」の一面もあるからです。逆に「自己肯定」がだいじなのは、言うまでもありません。

自己肯定ができるようにするためにも、さきほど触れたとおり、「あしたから」ではなく、きょうからやる。少しでも、きょうやる。たとえ1cmでも進んだことを確認できれば、「じぶんなんて」の言葉は遠のくはずです。

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まとめ

多くのヒトにとって害が大きく、多くのヒトにとって使わないほうがいい言葉についてお話をしてきました。

ほかにも、じぶんにとって使わないほうがいい言葉はあるかもしれません。いちどリストアップしてみて、使わないように決めてみるのはいかがでしょうか。

きょうは大みそか。年忘れとともに、それらの言葉も忘れてしまいましょう。

もう使わない!年忘れとともに忘れてしまうべき言葉5選
  1. むずかしい
  2. いそがしい
  3. でも
  4. あしたから
  5. じぶんなんて

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