セミナー開催希望、マンツーマンセミナーを受付中!

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか?

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか?

スポンサードリンク



毎日を生きていれば、大なり小なり「怒り」を感じることはあるものです。

そんな「怒り」を、じぶんのブログやSNSにどこまで出すか・出さないか? について、わたしが考えていることをお話をしていきます。

怒りとは負の一面をもった感情だから。

毎日を生きていれば、大なり小なり「怒り」を感じることはあるもので。そんなときに、じぶんのブログなりSNSなりに、その怒りを出すか・出さないか? という選択肢があります。

見渡せば、怒りをあらわにしたブログ記事、SNSでの投稿はあるわけで。わたし自身もまた、じぶんのブログやSNS、あるいはメルマガで「怒りを出す」ということがゼロではありません。

とはいえ。だれしもが知っているとおり、「怒り」とは「負」の一面をもった感情です(すべてが「負」ではないにせよ)。マイナス思考やネガティブ思考が含まれる感情であり、「怒り=よくないこと」という認識はあるでしょう。

ですから、もしかすると。思わず怒りをあらわにしてしまった結果、「あぁ、あんなことブログに書かなきゃよかった…」「投稿しなきゃよかった…」なんて後悔の経験があるかもしれません。

というわけで。怒りをブログやSNSに出すか・出さないか? 出すなら、どこまで出すか? について。ブログやSNSを続けて5年になるわたしが、じぶんの「指針」としていることをお話してみます。

具体的には、こちらの3つです↓

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか?の3指針
  1. そもそも怒りを出さない
  2. 出すなら匿名化する
  3. 出すなら抽象化する

それではこのあと、順番に見ていきましょう。

スポンサードサーチ

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか?の3指針

【指針1】そもそも怒りを出さない

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか? について。1つめの指針として考えているのは「そもそも怒りを出さない」ということです。

怒りをブログやSNSに出して後悔をすることがあるのなら、はじめっから、怒りを出さなければいい。怒りを感じたとしても、わざわざそれを「口外」しなければいい。

なんて、あたりまえのハナシではありますが。それでもついつい言いたくなってしまう、ブログやSNSに怒りを出してしまうのって、なんででしょうね? 後悔するかも、とはわかりつつですから不思議なものです。

じぶんに関して言えば、「憂さ晴らし」という理由が思い当たります。怒りを公にすることで、スッキリした! みたいな。これはもう、完全なエゴですね。自己満足。こういうことだと、そもそも怒りを出さないほうがいいだろう。と、たいていあとになってから気がつきますね。はい。

もうひとつ、怒りを出してしまう理由として考えられるのは「マウント」です。いわゆる、「マウントを取る」というやつです。怒りを通して意見・主張をすることで、世間(あるいは怒りの相手)に対して、じぶんの存在感を打ち出す… みたいな。うーん、これもエゴですね。

そういったエゴが過ぎたことで、俗に言う「炎上」という事態にいたることもあるでしょう。もちろん、エゴ自体が悪いわけでもなく。エゴには「自我・自尊心」といった、ヒトにとってだいじな部分も含まれるからです。

ただ、そのエゴをわざわざ公にする必要があるのかどうか? いや、ないだろう。そういうハナシです。エゴをとおそうとすると、周囲のエゴが返ってくる。まさに因果応報。

だから、そもそものハナシとして、怒りをブログやSNSに出す必要なんてない。そもそも怒りを出さない。じぶんのなかで消化する。というのが、わたしにとっては1つめの指針だったりします。

【指針2】出すなら匿名化する

そもそも怒りを出さない、などと言っておきながら。それでも勘弁ならぬ! と怒りに駆られてしまうのがヒト。せめてひとこと物申す! ということだってあるでしょう。わたしもあったと思います。たぶん。

そんなときには、せめて匿名化する。これが2つめの指針です。匿名にするのはじぶんではなく、怒りの対象です。Aさんに対して怒っているのであれば、ハタから見て「Aさん」とは特定できないようにする、ということです。

そこまでして、怒りを出す必要ある? ってなものではありますが。だからこそ、そもそも怒りを出さないことを1つめの指針にしたしだいです。

それでも、ガマンならないのなら。せめて匿名にする。なぜなら、怒りの対象であるAさんならAさん、B社ならB社に「関わるヒトたち」もいるからです。

本来、AさんやB社に対する怒りであったのにもかかわらず。その怒りの表現が過ぎたからなのかどうなのか、影響が「関わるヒトたち」にまで及んでしまうことが考えられます。

たとえば、Aさんに対する怒りが綴られたブログ記事やSNS。それをAさんの家族が見たらどう思うでしょう? 世間からAさん及びAさん家族はどんなふうに思われることになるでしょう?

ツラい思いをしたり、世間から冷ややかな視線を浴びたり、ときには罵声を浴びたり、嫌がらせを受けたり。場合によっては、AさんやAさん家族の「人生」さえ変えてしまう可能性がある。怒りを出すのであれば、よくよく理解をしておくべきところでしょう。

B社の「ある社員」や「ある製品・サービス」について怒りをあらわにする。その影響が、B社全体に及ぶこともありえます。会社全体・社員全員が非難の対象になってしまう。そんなようすを見た社員の家族はどうでしょう? やはりツラい思いをするのではないか、と想像します。

そんなこと知ったことか、怒りを買うようなことをした相手が悪い! そのとおりです。でも、それならば、本人に直接言えば済むハナシじゃないですか? ということです。それを公にする必要性はどこにあるのか?

また、公にする必要性があったとしても。はたしてそれは、「じぶん」が言う必要があるのかどうか? もあります。公に伝わるべきことであれば、じぶんが言わずとも、おのずと世に伝わるものだったりもします。天網恢恢疎にして漏らさず。

そのあたりもふまえて、わたしは「出すなら匿名化」を指針にしているところです。

【指針3】出すなら抽象化する

怒りを出すなら匿名化することに加えて、「出すなら抽象化する」ことも考えています。

怒りの対象について、事実を具体的にお伝えしておしまい、ということではなく。事実のなかから「本質」を抜き出して、じぶん自身やほかのだれかにとっても活かせるように「汎用性」を持たせる。

実際に、最近あったことで言うと。とある情報発信について、その内容に間違いがあったそうで。「間違いがありました、すみません。後日、正しい情報をお知らせします」という連絡がありました。

けれども、その連絡のなかには「内容のどこに間違いがあったか」は明らかになっておらず。「おいおいおい、そりゃないだろう!?」とイラッとして、直接相手に怒りをぶつけたしだいです。

間違いがあるのはしかたありません。もちろん、わたしだって間違えることはありますし… ヒトはだれでも間違えます。でも、間違いだとわかったのなら、「間違いの内容」を 伝えるのは必要最低限だろうと思うわけです。

間違いでした、と言われた挙げ句。次の連絡があるまでは、なにを間違えたのかわからないまま過ごせって。メッチャひどくないですか? というのが、わたしの怒りになります。

ではこれを、抽象化すると。「連絡をするときに、相手の視点が抜けている」ことが本質です。「一方的な連絡」をしていると、相手の視点(相手が知りたいこと)が抜け落ちますよ、ということです。

なので、連絡をするときには、いちど「相手の視点」を入れて見直してみる。というところまで考えると、怒りにも「汎用性」が生まれるのではないでしょうか。

この点。わたしはメールで連絡をする際、送信前に文章を妻に読んでもらうことがあります。これは「相手の視点」を入れるための具体策です。わたしが書いた文章を見た妻が「?」と感じることがあれば、それを「相手の視点」として補うことができます。

と、少々ハナシはそれましたが。怒りをブログやSNSに出すのであれば抽象化する、というのは3つめの指針です。逆に、抽象化できそうもなければ、いったんグッとこらえてみる。グッとこらえてしばらくすると、うまく消化されて、抽象化できることはあるものです。

そのときこそが、怒りを出すタイミングなのではないでしょうか。そんなことをいま書きながら、わたし自身もタイミングをあやまらないように、とあらためて自戒をしております。はい。

スポンサードサーチ

まとめ

毎日を生きていれば、大なり小なり「怒り」を感じることはあるものです。その「怒り」は、「負」の一面を持つ感情だけに、取り扱いには注意しなければいけません。

本記事でお話した「3つの指針」が、怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか? について、考えるきっかけになるようでしたら幸いです。

怒りをブログやSNSにどこまで出すか・出さないか?の3指針
  • そもそも怒りを出さない
  • 出すなら匿名化する
  • 出すなら抽象化する

この記事のシェアはこちらから!



オンラインで80分速習
銀行融資入門セミナー

銀行融資・銀行対応について、「これだけは押さえておくべき」という入門的な内容を 80分にまとめたセミナーです