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憧れる・尊敬することのデメリット〜大谷翔平選手の名言からおもうこと

憧れる・尊敬することのデメリット〜大谷翔平選手の名言からおもうこと

日本中を歓喜の渦に巻き込んだ、WBC 2023。そこで話題になった、大谷翔平選手の名言から「憧れる・尊敬することのデメリット」について考えてみます。

目次

大谷翔平選手の名言からおもうこと。

きょうは、2023年3月26日。つい先日、野球の世界一を決める「ワールド・ベースボール・クラシック2023(WBC 2023)」がおわりました。

日本は14年ぶりに王座奪還。連日の勝利に歓喜した人も多かったことでしょう。で、そのWBC 2023の決勝戦前。ロッカールームでの円陣の際、大谷翔平選手が声出しをした際の言葉が話題になりました。こちらです↓

憧れるのをやめましょう。

ファーストにゴールドシュミットがいたり、センターにトラウト、ベッツがいたりとか、野球をやっていれば誰もが聞いたことがある選手がいると思う。

今日1日だけは、憧れてしまったら超えられない。今日は僕たちは超えるために来た。トップになるために来た。

今日1日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう。さあいこう!

大谷翔平さん/WBC 2023 決勝戦前の円陣にて

これを聞いて、ふと考えたことは「憧れる・尊敬することのデメリット」でした。もちろん、憧れる・尊敬するのは素敵なことであり、良いこともあるわけですが、いっぽうでデメリットもある。

では、具体的にそのデメリットとは?

憧れる・尊敬することのデメリット

わたしは、憧れる・尊敬することのデメリットは、おもに3つあるものと考えています。

成長への執着を失う

憧れや尊敬の念が強すぎるあまり、「その人を超えることはできない」という思考に陥るのはありうるハナシですが。事実、超えることができないとしても、望ましい思考とは言えないでしょう。

なぜなら、じぶん自身の「成長への執着」を失うことになるからです。世の中には、弟子が師匠を超えるケースもありますから、「超えることができない」わけでもありません。

それに、上には上がいます。憧れや尊敬の対象と「同じ分野」で見たときにも、よくよく広く見渡してみたらもっと上がいた… ということだってあるはずです。

だとすれば、憧れや尊敬の対象を「絶対的な存在」と考えることにはデメリットがあると言えます。では、どうしたらよいのか? ひとことで言えば、視野を広げることでしょう。

つまり、時間軸を固定しない(現在だけではなく、過去や未来にまで目を向ける)、対象範囲(場所や、ジャンルなど)を広げてみる、といった感じです。

冒頭の名言「今日1日だけは、憧れてしまったら超えられない。今日は僕たちは超えるために来た」は、まさにこれではないでしょうか。

思考停止になる

じぶんの意見や主張についての「根拠」を求められた際、「だって、〇〇さんが言っていたから」みたいな回答をしてしまうこともあるでしょう。

このとき「〇〇さん」は、じぶんにとって憧れや尊敬の対象であり、絶対的な存在であるのかもしれませんが、だからといって、みなにとっての絶対的な正解というわけではありません。

そもそも、〇〇さんではなくて、「あなた自身は、どう考えているんですか?」というハナシでもあります。だとすれば、「だって、〇〇さんが言っていたから」は、思考停止のあらわれです。

〇〇さんの意見や主張を支持することは自体は、悪いことではありません。ですが、「なぜ支持するのか」については、じぶんのアタマで考え、じぶんの言葉で答えられるように。

と、わたしもまた気をつけるようにしています。

他人の人生を生きかねない

誰かへの憧れや尊敬の念が強くなると、その人の価値観やら目標やらが、じぶんのなかに取り込まれていくことがあるでしょう。刷り込まれていく、と言ってもいいかもしれません。

刷り込まれた価値観や目標の良し悪しはさておき、「他人の基準」で生きることになるかもしれない… という点では注意が必要です。

言うまでもありませんが、じぶんの人生は「じぶんの基準」で生きたいものであり、他人の基準で生きることは「自己否定」につながることもあります。

この点で、以前にわたしは、気づいたら「(〇〇さんに比べて)じぶんなんて…」という思考になっていることに気がつきました。これでは自己肯定感も下がってしまいます。

憧れや尊敬もよいですが、「他人の基準」と「じぶんの基準」とは区別して考えるのがよいでしょう。

それでも、憧れる・尊敬することのメリット

憧れる・尊敬することのデメリットをお話しましたが。憧れる・尊敬することにメリットがないわけではありません。それでもなお、憧れる・尊敬することにはメリットもあります。

ヒントやきっかけになる

憧れや尊敬の対象を観察し続けることで、じぶんにとっての「ヒント」や「きっかけ」を見つけた! ということはあるでしょう。

どこまで言っても他人は他人ですから、まったく同じことはできなかったり、する必要がないにしても、そのなかには「だれにでも役立つようなエッセンス」は存在するものです。

たとえば、手段であったり、方法であったりを、じぶんなりにアレンジして取り組んでみることもできます。ただし、ここで1つ気をつけなければいけません。

それは、「本質を見極める」ということです。

たとえば、憧れや尊敬の対象が「読書が大好きです」と言っていたとします。これを聞いて、「よーし、じぶんも本を読みまくるぞ」というのであれば、本質を見失っていると言えます。

読書にも目的や読み方などがありますから、ただ読めばよいというわけではありません。ですから、本を読みまくればあの人のようになれる! というわけでもないはずです。

そこで、あの人はなぜ読書が好きなのか? を考える必要があります。そもそも、「ただ単に活字を読むのが好きだから」かもしれません。常に「本質」を忘れないようにしましょう。

じぶんに正直でいられる

憧れる・尊敬することのデメリットを避けようとするあまり、もし、「憧れるのをやめる、尊敬するのをやめる!」というのであれば、それはじぶんを偽る行為だと言えます。

本当はまだ憧れや尊敬の念があるのに、それを無理やり捨て去ろうとする。じぶんにウソをつくのはあまりよくなさそうだよなぁ、とおもうわけで。では、どう考えればよいのか?

前述した「基準」について、じぶんの基準と、憧れる・尊敬するあの人の基準とが重なっているのであれば、問題はないものと考えます。

つまり、じぶんの価値観や目標から見て、目指す方向性があの人と一緒であるのなら、憧れる・尊敬するのをやめることはない、ということですね。

このとき、憧れる・尊敬することには、じぶんに正直でいられるというメリットがあります。

これに対して、単なる承認欲求であの人を追いかけるのはNGです。あの人に近づけば、多くの人から承認・評価してもらえるから気持ちいい〜! みたいな状態だと危ないかもしれません。

まとめ

日本中を歓喜の渦に巻き込んだ、WBC 2023。そこで話題になった、大谷翔平選手の名言から「憧れる・尊敬することのデメリット」について考えてみました。

憧れる・尊敬すること自体は、けして悪いことではありません。ただし、デメリットもあるので、どのようなデメリットがあるのかを認識しておくのがよいでしょう。

知らないうちにデメリットをこうむっていた… という状況を避けやすくなるはずです。

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