どうしてブログがうまくいかないのか? それは、続けられないから。ということについて、2,135日続けてきたわたしなりの理由、わたしなりの理屈をお話してみます。
露骨な宣伝とあわせて。
きょうは、2022年2月20日。2016年4月からはじめた、このブログ。当初と比べてみれば、少しずつではありますが、じぶんが望む「成果」をあげられるようにもなりました。
たとえば、ブログから仕事の依頼をいただく。仕事の幅が広がる。自主開催セミナーにご参加をいただける。日々のブログから、書籍や情報誌の執筆につながる。ブログからの直接収入(広告・アフィリエイト)も増える。などなど。
それらの成果があげられるようになった、言い換えると、ブログがうまくいくようになったのは、「続けられたから」だという思いがあります。
ブログをはじめてからきょうで、2,135日めになります。そのあいだ、1年365日休みなく、毎日1記事の投稿を続けてきました。これが、「ブログがうまくいく」の要因になっている。それがすべてではないにせよ、じぶんにとっての「おもな要因」だとの考えです。
とはいえ、「どうしたら、続けることができるのか?」という質問をいただくこともありますので。そのあたりをまとめた Kindle本を執筆してみました↓
ブログに関する本はあまたありますが、「続ける」に特化した本はそれほど多くはないようです。と、露骨な「宣伝」はこれくらいにして。
本記事では、「ブログを続けることが、なぜ成果につながるのか?」という理由について、お話をしてみることにします。続けるだけでうまくいくなら苦労はしないんだ! と思われるかもしれませんが、わたしにはわたしなりの「理屈」もありますよ、みたいなお話です。
その「理屈」とは、次のとおりになります↓
- 続けられない人が多いから
- 続けることでチカラがつくから
- 成果につながるチャンスが増えるから
それではこのあと、順番に見ていきましょう。
ブログを続けると、なぜうまくいくのか?
続けられない人が多いから
続けることが大切だ、なんて。なにをいまさらそんなことを… と思われる人が多いことでしょう。ですが、それを実践できていない人もまた多いのが現実です。
と、エラそうなことを言っているわたしもまた、ご多分に漏れず、なんでもかんでも続けられるわけではありません。むしろ、数で言ったら、続けられないもののほうが多いかもしれない。うん、多い。
でもだいたい、そんなものです。なにごとにおいても、続けられる人は少ない。ずっと続けられる人は、もっと少ない。つまり、途中離脱者が多い。だから、続けた者勝ちなんですね。
ブログを書いたことがある人はわかりますが、文章を書く・書き続けるのは、それほどカンタンなことではありません。それだけに、続けるのがいっそう難しいチャレンジではあるでしょう。
実際に、ブログをはじめても、やめていく人たちを目にしています。次のブログ記事を楽しみにしていたのに、ある日を境にぱったりと更新が途絶えてしまった… みたいな。
と言っても、やめることを否定・非難する意図はまったくありません。人それぞれの「選択」の問題でもありますから、あくまで「やめていく、という事実」のみに注目をしているだけです。
と、理由はなんであれ、やめていく人たちが相当数います。続けていく人は、少数派だと言ってよいでしょう。ブログを3年続けている人は2割、5年続けている人は1割、みたいなデータもあるようです。肌感覚としては、もっと少ない気がしていますけれど。
なんにせよ、ブログをやめてしまえば「成果への道」は閉ざされるのですから、まずはやめないこと、生き残ることは、成果をえるための絶対条件になります。
そういう意味では、「ブログを続けるとうまくいく」というよりは、「ブログを続けなければ、うまくはいかない」ということです。あたりまえといえば、あたりまえのハナシ。
にもかかわらず、「実際には続けられない人が多い」という事実は、ようく理解しておく価値があるでしょう。その多数派に飲み込まれる可能性は高いのです。まずは、続けた者勝ち、生き残った者勝ち。そこからはじまります。
続けることでチカラがつくから
これまた、あたりまえのことになりますが。「継続はチカラなり」とは、よくいったものです。もはや説明をするまでもなく、人生のなかで「体験」をしてきた人は多いものと想像します。
わたしもまた、ブログの継続をへて、体験をし続けているところです。とにかく、ブログをはじめたばかりのころに書いていた文章は、じぶんにとっては「おはずかしい」もので。
それは、文章の「書きかた(文章術的なもの)」もありますが、テーマや内容についてもです。いやいや、いまだってどうなのよ? とのご指摘があれば、甘んじてお受けはいたします。
が、当初と比べれば、確実にチカラがついたと考えているところです。冒頭に挙げた成果は、その証左だとも考えています。やはり先人の知恵は正しく、継続はチカラなり。
したがって、ブログを書き続けなければ、継続のチカラのご加護をえることはできません。ところが、文章を書く・書き続けるのもカンタンではなく(←2回め)。「ここはちょっとお休みをして、いろいろ思案をしてみようか…」などと、考えたくもなるものです。
わたしもまた、そんな時期がありました。毎日更新ではなく、もうちょっと更新頻度を落としてみようか、みたいな。もちろん、それに値する「理屈」があればよいのですが。
わたしの場合には、「ツラいから」という「感情」が理由でしたから。そのような場合には、単純に「継続のチカラ」を放棄することになるでしょう。にもかかわらず、世の中全般に、わりと「あるある」な状況なのかなぁ、と勝手に推測をしています。
いま思うことは、「ツラいときこそチャンス」です。むしろ、ツラくなくなったときのほうがヤバい。それは、なにかしらのラクをしている・サボっている可能性が高いから。
それはともかく、ツラいときこそ、そこを乗り越えた先に、あたらしい道がひらけているものです。たとえば、わたしはいま「銀行融資・銀行対応支援」を仕事にしていますが、当初はまったくなかった仕事です。仕事どころか、知識も経験もほとんどありませんでした。
そんなわたしが、ブログをはじめてしばらくたったある日、「ダメだ、もうブログを書くネタがない…」という状況におちいったわけですね。そこで、あらたなブログのネタとして書きはじめた銀行融資・銀行対応に関する記事は、いまでは 1,000近く。得意な仕事、好きな仕事にもなりました。
ブログを続けている以上、なにもせずにいれば、ネタはいずれ尽きてしまいます。それがわかってからは、大小含めて、あたらしいことにもチャレンジが増えるようになりました。これが、のちのち、じぶんのチカラになる。ブログを続ける原動力にもなっている、と考えています。
成果につながるチャンスが増えるから
わたしはよく、こんなことを思っています。ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる。なかなかカッコの悪いハナシではありますが、当たりゃあよい、という面もあるでしょう。当たらないよりは。
この点で、ブログも「あるいていどの数(記事数)」は必要だ、との考えです。よほどスゴい人でない限り、書いた記事が百発百中で、たくさんの読者のハートを撃ち抜くことはありません。
というか、スゴい人であったとしても、現実的なハナシではないでしょう。なぜなら、ハートを撃ち抜くような「深い記事」は、限られた人たちにこそ届きやすい。という傾向があるからです。
逆に、たくさんの人に届くような「浅い記事」で、ハートを撃ち抜くまでにはいたらない。成果にまではつながらない、というケースが多いように思います。「いいね」がたくさんつくようなツイートであっても、意外と仕事にはつながらない… みたいな。
つまるところ、いつもいつも、すぐさま成果につながるようなブログ記事は、書こうと思って書けるものではない、ということです。わたしも含めて、「じょうずに書けない」との自覚がある人はなおさらでしょう。
だとしたら、ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる、です。書き続けた記事のなかには、当たるものがあるかもしれない。その確率は、撃てば撃つほど上がるはずです。なぜなら、前述した「継続のチカラ」もあいまって。
繰り返しになりますが、仮に当たったとしても、いちどに当たるのは「少数」かもしれません。さらには、その「少数」が「すぐに反応」してくれるものかはわかりません。
その少数に届くような記事を重ねて重ねて、いつかやっと、成果につながる(仕事を依頼してもらえる、とか)のであれば、やはり、数を撃ち続ける必要があります。
ブログを続けるとは、成果につながるチャンスが増えること。そうとらえて、日々のブログを「粛々と継続すること」がだいじなのではないか。というのが、わたしの考えです。
まとめ
どうしてブログがうまくいかないのか? それは、続けられないから。ということについて、2,135日続けてきたわたしなりの理由、わたしなりの理屈をお話してきました。
続けることが大切だ、なんて。いまさらのハナシではありますが。古今東西、普遍の真理だからこそ言い古されているのであり、多くの人がなかなかできずにいることだからこそ、語り継がれてもいるのでしょう。
わたしもまた、油断せずに続けていこうと考えています。