ちまたには、月商の〇倍の預金を持て!とのアドバイスがあります。いっぽうで、そのアドバイスは誤りだという意見もあります。はたしてどっちが正しいの?ということについてお話をします。
そのアドバイスは誤りか
会社の財務に関して、「平均月商(年間売上高÷12か月)の〇倍の預金を持ちましょう」というアドバイスがあります。わたしもまた、「少なくとも2倍、できれば3倍以上、さいごは6倍まで」と、よくお話をしているところです。
仮に3倍とすれば、もし、3か月のあいだ売上がゼロになってしまっても、仕入代金や経費を支払うことができるわけだから、いざというときの備えとして安心だよね、と。
いっぽうで、そのアドバイスは誤りだとする意見もあります。もう少し具体的にいうと、「預金を持つのは大切だけれど、平均月商を目安にするのはおかしい」との指摘です。
たとえば、平均月商1,000万円、対する売上原価300万円、その他費用600万円のA社があったとします。さきほどのアドバイスにより、平均月商の3倍を目安にするなら、A社が持つべき預金は3,000万円です。
これに対して、平均月商1,000万円、対する売上原価800万円、その他費用100万円のB社があったとします。さきほどのアドバイスにより、平均月商の3倍を目安にするなら、B社が持つべき預金もまた3,000万円です。
でも、待てよ。B社がもし売上がゼロになったとしても、そのときは売上原価もゼロになるのだから、毎月必要なおカネは「その他費用100万円」の分だけあればじゅうぶんだ。であるならば、いざというときの備えとして3,000万円は「過剰(少なくともA社に比べて)」ではないのか?
つまり、世の中にはいろいろな会社があって、A社とB社のように状況が異なるのだから、それらをいっしょくたにして、「月商の〇倍の預金を持て」というアドバイスは誤りだ!
なるほどなるほど、そういう意見もありますよね。一理ありますが、それでも「月商の〇倍の預金を持て」というアドバイスが有効である理由について、お話をしてみましょう。
それだけのリスクがある
前述したB社の例を再掲します。平均月商1,000万円、対する売上原価800万円、その他費用100万円です。たしかに、B社の売上がゼロになれば、売上原価(仕入)もゼロになる、ようにおもえます。
が、実際のところはわかりません。売上よりも先に仕入が必要になることもありえますし(在庫を持つ必要性)、売上入金よりも早く仕入代金を支払わなければならないこともありえます。
また、自社の業績が悪いとき・世の中の状況が悪いときほど、そういった可能性が高まるものです。だとすれば、売上がゼロになったときに「その他費用」の分だけおカネがあればいい、とはいえなくなります。
では、もしも、B社の売上が3か月ゼロになったとしたらどうでしょう。その他費用100万円の3ヶ月分として、300万円の赤字が発生します。その赤字を取り戻すためには、300万円の利益をあげなければいけません。
B社の場合、300万円の利益をあげるには、売上3,000万円・売上原価2,400万円を必要とします。この点、場合によっては、売上入金3,000万円よりも先に、仕入代金(売上原価)2,400万円の支払をしなければならないケースもありうるわけです。
だとすれば、やっぱり、「その他費用」の分だけおカネがあればいい、とはいえなくなります。つまり、B社のように一見、預金をそれほど持たなくてもよさそうな会社であっても、いざというときにはそれだけのリスクがある、ということです。
もちろん、いちどに「売上3,000万円・売上原価2,400万円」を必要とはせず、3か月に分けて、「売上1,000万円・売上原価800万円」ずつであれば、それほどの預金を持たずともよいだろう、といわれればそのとおりです。
でも、そのときには、赤字を取り戻すのには時間がかかりますし、赤字を一気に取り戻せる好機をみすみす逃すことになるのを忘れてはいけません。
その商売にはムリがある
三度(みたび)、B社の例を再掲します。平均月商1,000万円、対する売上原価800万円、その他費用100万円です。いまさらながらの問いですが、この例に違和感はなかったでしょうか?
わたしには、すごく違和感があります。なぜなら、B社のような商売にはムリがあるからです。ひとことでいうなら、「薄利多売が過ぎる」ということになります。
いわゆる原価率でいうと、B社は80%(800万円÷1,000万円)です。ウラを返せば、利益率は20%であり、商売としては恐ろしいほどの薄利多売だといってよいでしょう。
その場合、売上原価以外の費用をまかなえるのか?ということになり、B社の例では費用を100万円としましたが、実際の商売で「売上1,000万円」の会社が「費用100万円」で足りるのか?との疑問が残ります。
なので、薄利多売でも費用をまかなえるのは、売上の「額」が大きいケースであり、多額の資金を用意できる「大企業」にこそなせる技です。資金があれば、大量に仕入れられるので、売上の「額」を増やすことができるので、薄利多売が成り立ちます。
いっぽうで、中小企業のほとんどは、多額の資金を用意できません。結果として、薄利多売では、じゅうぶんな利益(費用をまかなえるだけの)が出せずに、赤字が出やすくなるのです。
さきほど、B社にはリスクがあるといいました。したがって、B社のような会社は「商売としてムリがあるし、リスクを抱えている」ということを理解しておかねばなりません。
私見を申し添えると、中小企業は、原価率を4割以下に押さえたいところです。できれば3割以下、どんなに高くても5割まで。ひとつの参考にしていただければ、とおもいます。
目安とはそういうものだ
さいごに、もうひとつ。「月商の〇倍の預金を持て」というアドバイスが有効である理由について、お話をしておきます。それが、「目安とはそういうものだ」です。
逃げ口上のように聞こえるかもしれませんが、結局のところ「月商の〇倍の預金を持て」というのはひとつの「目安」にすぎません。
前述したとおり、世の中にはいろいろな会社があるのですから、極論、持つべき預金の額など会社によって異なるに決まっています。だからこそ、「共通」の目安が必要だともいえるでしょう。
ちなみに、月商の何倍の預金があるかをはかる指標として、「現預金月商比率」があります。算式は、「現預金÷平均月商」です。手元流動性比率などとも、呼ばれています。
この点、現預金月商比率が1倍未満になると倒産が増える、という統計データには注目です。ゆえに、銀行もまた、現預金月商比率を気にしています。事実、現預金月商比率が1倍未満になると、極端に融資が受けにくくなるものです。
というように、「月商の〇倍の預金」は、ひとつの目安として機能しています。世の中の会社が、百社百様であることを織り込み済みで、参考にされているし、参考にできるのです。目安とはそういうものであり、目安とはあくまで目安でもあります。
なので、「会社によって状況が違うのだから、平均月商を目安に持つべき預金を考えるのはおかしい!」などと息巻く必要はないのです。ひとつの目安として、活用していきましょう。
まとめ
ちまたには、月商の〇倍の預金を持て!とのアドバイスがあります。いっぽうで、そのアドバイスは誤りだという意見もあります。はたしてどっちが正しいの?ということについてお話をしました。
アドバイスは誤りだとする理屈もわかりますが、現実的かといえばそうでもありません。ゆえに、「月商の〇倍の預金を持て」というアドバイスは有効であるものと考えます。