『いつでもどこでもできる』のワナ!?スキマ時間の使い方

スキマ時間の使い方

移動中もスマホでメール、ってベンリな世の中だよねぇ。

たしかに。けれどもそれ、ほんとうにいまやる必要ありますか?

せっかくのスキマ時間を、便利さによって奪われてやしないか。スキマ時間の使い方についてのお話です。

目次

「いつでもどこでもできる」にはワナがある

PC、スマホ、通信環境その他、ITの進歩により、わたしたちには「いつでもどこでもできる」ことが増えました。

そしていまもなお、それは増え続けています。

これに関連して。つい先日、某会計ソフト会社から、次のような案内がありました ↓

【日々の取引をいつでも、どこでも、簡単に入力できる「〇〇〇(会計ソフト名称)」専用スマートフォンアプリをリリース】

移動や待ちなどのスキマ時間に取引入力を完了できる「〇〇〇(会計ソフト名称)」
専用スマートフォンアプリをリリースしましたのでご案内いたします。

以下のようなお客さまへお勧めください。
 ・「〇〇〇(会計ソフト名称)」をご利用中
 ・飲食店、小売店など日常的なワークスペースにPCがない
 ・外出が多くオフィスにいることが少ない

※ 色付き文字による強調、〇〇〇による伏字は執筆者による

要約すると。フツーは、PCが必要で、デスクの前にいないとできなかった経理処理が、スマホアプリでできちゃうよ。スキマ時間にいつでもどこでもできちゃうよ。そういうことです。

さぁ、どうでしょう? 経理処理についてとか、会計ソフトうんぬんという話をしたいわけではありません。

ポイントは「いつでもどこでもできる」というところ。これをどう受け止めたものか? というのがきょうのお話です。

少々前置きが長くなりましたが。ここで結論を先に提示しておくことにします。それは、

いつでもどこでもできる=ほんとうにやるべき時間・場所がどこかにある

いつでもどこでもできる便利さと引き換えに、本来やらなくていい時間・場所にそれをやってはいないか?

もっと言えば、やるべきではない時間・場所でまでやってはいないか? 

本来のあるべき姿を考えずに、いつでもどこでもの便利さに眼を奪われないように。というのが結論です。このあと、その結論を補足します。

 

いつでもどこでも「やってしまう」ことの害悪

冒頭で引用した、某会計ソフト会社の案内をもう一度見てみましょう ↓

移動や待ちなどのスキマ時間に取引入力を完了できる

後に続く文章からもわかりますが、PCが手元に無いようなシーン、外出中のシーンでの便利さをウリにしているわけです。

念のため申し上げておくと。その「便利さ」については疑う余地はなく価値あるもの。ですから、案内文を持ち出して、この会計ソフト会社を非難する意図は微塵もありません。

非難をするのだとすれば、この案内文の文字ヅラを鵜呑みにしてしまうユーザーのほう。

ほんとうに、いつでも、どこでも。やる必要があるのか? やるべきなのか? それを考えずに「できるからやってしまう」というユーザーには問題があると言えます。

具体的に言うと。次のような場合、「いつでもどこでもやる」ことはアダになります。

  • PC操作に比べて、スマホ操作は苦手・遅い(処理に時間がかかる)
  • スマホアプリの出来が悪い(処理に時間がかかる)
  • 慌てて雑になりやすく、あとで間違い直しが必要(二度手間)
  • 一度のスキマ時間で処理が終わりきらず、資料を取り出す、どこまでやったかを思い出すなど、なんども段取りが必要(二度手間)
  • 経理に必要な書類を持ち歩かなければいけない(負担+紛失リスク)

などなど。

要するに。PCや書類などすべてが揃ったデスクの前で、落ち着いて経理処理するほうが速くて正確じゃない? ということ。

もしそうなのであれば。スキマ時間には、その時間・その場所で、もっとも効率がよく、もっとも高い効果が得られるであろう行動を選ぶべき、という考え方が生まれます。

 

「やったつもり」でムダをしてばかりの僕ら ~スキマ時間の使い方~

スキマ時間には「もっとも効率がよく、もっとも高い効果が得られる行動」を選ぶべきだ、と言いました。

では。果たしてわたしたちは、そのような有意義な選択ができているのでしょうか? スキマ時間の例として、電車の車内を思い出してみると、

  • 読書をしているヒト
  • 新聞を読んでいるヒト
  • ボーっとしているヒト(あるいは瞑想中?)
  • 寝ているヒト
  • 電話をしているヒト(迷惑!)
  • 音楽を聴いているヒト
  • スマホでゲームをしているヒト
  • スマホで動画を見ているヒト
  • スマホでメールやSNSをしているヒト
  • 携帯ゲーム機でゲームをしているヒト
  • PCで仕事をしているヒト
  • タブレットでネットサーフィンをしているヒト
  • おしゃべりをしているヒト

などなど、いろいろなのですが。これらの行動は、「有意義な選択」のうえなのか? はたまた、「できるからやってしまう」だけなのか?

たとえば、スマホでメール。わたしは電車内や移動中に「スマホでメール」はやりません(緊急時は例外)。

なぜなら、メールは比較的長文になるものであって、それならばPCのキーボードで打つ方が何倍も速く済むからです。

にもかかわらず、スマホでメールができるからとやってしまうと・・・ メールはあとでPCにして、その分の時間は別のことに使う方がずっと良い。

というわけで、わたしはほとんどの場合、本を読んでいます。電車の乗り降りがあってもすぐにやめることができるし、またすぐに読み始めることもできるから。ムダが無い。

けれども当然、これはあくまで「わたしにとって」でしかありません。あなたにはあなたの、ヒトにはヒトの、有意義な選択があるはずで。

スキマ時間の使い方として大事なことは、「なにをやるか」ではありません。「なにをやるかを考えたかどうか」です。

いつでもどこでもできるから、移動中も、電車内もゲームをやる。楽しむ。それ自体が悪いわけではないけれど。

でもほんとうは。おウチのリラックスした空間で、1日の終わりに気兼ねななくというほうが、より高い満足や効果を得られるのかもしれません。これもあくまで一例ですが。

つまり。いつでもどこでもできるということで、なんとなくやらされていないか、やったつもりでムダをしていないか。

便利な世の中だからこそ、「便利でムダ」をしていないかに眼を向けてみる必要がありそうです。

 

まとめ ~時間・場所の主導権を握るのは僕ら~

翻って、冒頭の某会計ソフト会社の案内文。

これを見たときに、「わぁ、これでいつでもどこでもできるぞ」と喜んで終わるのか。それとも、「本来、いつどこでやるべきなのか?」に思いを馳せるのか。

いずれの道を行くのかで、物事の効率や効果は変わることでしょう。会計ソフトに限った話ではなく、他の物事に共通して。

スキマ時間も積み重なれば、大きなカタマリ。馬鹿になりません。スキマ時間の使い方のちがいが、いずれ必ず大きな差を生み出します。

さいごに繰り返しになりますが、

いつでもどこでもできる=ほんとうにやるべき時間・場所がどこかにある

物事の時間・場所に対する主導権を、「便利さ」という相手にカンタンに譲ってしまわぬよう。自ら主導権を取る姿勢を心がけることが大切です。

 

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  きょうの執筆後記
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