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ブログ界に伝わる「100記事書け」 50記事書いた僕が考えたこと

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ブログを毎日1記事投稿して50記事になりました。
ブログの世界には「まず100記事書け」の言葉があるようです。
100記事の半分、ひとつの「通過点」を迎えた現状とこれからについて考えます。

目次

「100記事」に含まれる2つの意図

「まず100記事書け」との言葉についてネット検索してみると、そこにはどうやら2つの意図があるようです。

ひとつは、「アクセス数増加の時期」としての100記事。
もうひとつは、「ブログ術の習得時期」としての100記事。

それぞれの意図について、50記事現在の視点で考えてみます。

アクセス数増加の時期としての100記事

ひとつめの「アクセス数の増加時期」については、「おおよそ100記事」をしめすものです。
当然のことながら、ちょうど100記事書いたからといって、突然アクセスが増えたりはしません。
おおよそ100記事前後でアクセス数が伸びはじめるという「現象が散見される」ということです。

技術的なことはわかりかねますが、100記事くらいになるとGoogleなどからの検索流入が増えはじめるとか…
50記事を書いた自分の場合はどうかというと、「たしかに増えはする」というところです。

実際、30記事めあたりと今とを比べてみると、検索流入数は20%ほど増えているようです。
Google Analyticsを日々見ているなかでも、検索流入増は感じています。

実感の話でいえば、数自体は少ないものの「毎日必ず誰かに見られている記事」ができた、ということもあります。
次の3つの記事がそうです。

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検索ワードとしては「ニッチ」なものもありますが、検索上位にあがってきました。
いずれも書く時点でキーワードは意識した記事なので、成果がでたことは素直にうれしいです。
記事数がたまればアクセス数が伸びるというのは事実として理解できます。

一方で、3つの記事は「仕事内容に直結」の記事ではありません。
わたしの仕事は「経理の活用支援」や「税理士業」です。
上記の「ディズニー」「本の紹介」「開業の心得」というテーマは仕事内容とはほぼ関係なし。

ですが、自分自身の考えやひととなりを知ってもらうために、そのようなテーマで書いています。
むしろ、「仕事内容に直結」のテーマが少なすぎるかもしれません。
後述の内田さんのブログに倣えば、テーマの整理が必要な状況です。

余談になりますが、「100記事」についてネット検索をしていてよくみかけたアドバイスがあります。
「ひよっこ」のような段階ではアクセス数などは気にするな、というか見るな、というもの。
どうせアクセスがないなら、精神衛生上、見ないほうが良いというようなことです。

わたしは毎日見てます。それも、けっこう見てます。
まだまだアクセス数は少ないので落ち込むことも少なくありませんが「現実直視」です。

デュアルモニタで仕事をしていれば、モニタの一部にGoogle Analyticsの「リアルタイム」を表示しています。
どういう時間帯に、どういうデバイスで、どういう流入経路や検索ワードでブログを見ているのかがわかります
(個人を特定できたりはしませんのでご安心ください(笑))。
記事テーマの参考にもなりますし、投稿する時間帯などの参考にもして試行錯誤しています。

考え方はひとそれぞれです。
精神衛生上などという「現実逃避」目的であれば「アクセス数を無視」はやめるべきだとわたしは考えています。
「現実逃避は、読者不在の投稿姿勢とイコール」、そう考えてしまうのですよね。

50記事でエラそうに、との声は聴こえそうですが、
ひよっこには「ひよっこなり」の意地と信念があります。

ブログ術の習得時期としての100記事

これについては、ブログに関するテクニック的なことと習慣の習得とがあるようです。
100記事書けば「ブログの書き方」が身につく、「書くという行為」自体が日常化する。

50記事を書いたわたしはというと・・・ダメです。

テクニック的な話としては、先人ブロガーの方の記事を読むにつけ、「うぇ~」とため息が出ます。
読み手にとってのわかりやすさ、読みやすさが圧倒的にスゴいです。

テクニック的なところもあるのでしょうが、どれだけ読み手に近づけているかという視点の問題が大きいように感じます。
自分はまだまだ視点が自分寄りなんだなぁ、と思うと「うぇ~、ダメだオレ」となるわけです。

でも。
開き直りますが、なにごとも一歩一歩しかありません。
幸い、ブログの手本はネットで見放題。
手本で勉強、毎日投稿で実践。
その繰り返しです。

ブログを書くという習慣はどうかと言えば、「一応書いている」レベルです。
自分がネタの枯渇に苦しむ日々を見れば、習慣化していないことは一目瞭然。

この点、最近、強い刺激を受けた記事が2つあります。

記事を書かれたおふたりとも、長い間、ブログを書き続けていらっしゃいます。
「50記事」のわたしから見ると冗談でも誇張でもなく「神」です。

そんな井ノ上さんと内田さんに共通しているのは、「行動への変換力」の高さです。
井ノ上さんは、ブログ記事の計画を書き出し、見える化することでネタの質を上げられています。
内田さんは、従来のブログを仕事をとれるページとに分け、日々のブログのテーマをそれぞれに仕分けされています。

だれもがそれぞれいろいろなことを考えます。
なにも考えていないなんてことはほとんどありません。
それでいて結果に差が出るのは「思考」を「行動」に「変換」できているかの差ではないでしょうか。

思っているだけでは、というやつですね。
おふたりの記事を見ると、自分はまだまだ「思っているだけ、考えているだけ」が多いようです。

ひよっこはひよっこなりの意地と信念とを持ちながらも、
「足らざるもの」は真摯に受け入れなければいけないことを2つの記事に教わりました。

まとめ

ブログを書く人はふつう、「書き続ける」ことを前提にしています。
継続にあたり、「通過点」は「ひとまずの目標」としての意味を持ちます。

終わりなき道を、何の目標も目印もなく走り続けるのはたいへんです。
100記事などの節目は通過点として、目印として存在します。

その節目における「100記事書け」は、2つの意図を持つものでした。

100記事書くころには「アクセス数」が増え始める。
100記事書くころには「ブログ術」が身につく、と。

たしかにその通りです。
0記事のときと、100記事のときとでは違います。

ですが100記事分の違いはひとそれぞれ。
他人と比べる必要はないにせよ、自分が納得できる100記事分の成長を目指したいもの。
足らざるものに目を向けて、100記事という「次の通過点」を目指します。

ひとつの通過点を迎えたときには、ぜひ考える機会にしましょう。
自分にとって、次の成長の通過点はどこに置くか?
次の通過点までに「足らざるもの」はなにか?

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  きょうの執筆後記
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昨日は、午前中のルーチンワークのあとは夜まで外出にて仕事。
Facebookをはじめてみましたが、Twitterとの使い分けなどを検討中。
Facebookページはともかく、個人ページはあくまで「個人」のこととして使っていこうと思います。
それにしても音信不通にしていた人たちの生活を急に知らされるFacebookってなんかコワいです。
「知ろうとする」自分の意志よりも、Facebookから「知らされている」感覚です。
えっ、この人誰?知り合いじゃないし、ということばかり。
すぐに慣れてしまうのでしょうけれど・・・

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