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ブログを見る・書くのがツラい『隣の芝生が青い症候群』3つの対策

ブログを見る・書くのがツラい「隣の芝生が青い症候群」3つの対策

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他人のブログを見るのがツラい、その結果として、じぶんがブログを書くのがツラくなる… ということはありませんか?

そんな「隣の芝生は青い症候群」について、3つの対策をお話します。

隣の芝生はなぜこんなにも青いのか?

かれこれブログをはじめて3年5ヶ月ほど。

おもむろに「打ち明けバナシ」をすると。他人のブログを見るのがツラい、その結果として、じぶんがブログを書くのがツラくなる… ということがいくどもありました。

いわゆる「隣の芝生は青く見える」というやつです。みんなスゴいなぁ(いろいろと成果を挙げていて)… それに比べてじぶんときたら… みたいな。正直な感情としては、うらやましいとか、ねたましいとか、そのあたりでしょうか。

まったくもって、よろしくありませんね。よくない。

なんでそんなことになるのか? と言えば。じぶん自身に「なにかしらの問題」があるからであって、そうでない人からすれば「おかしな話・おかしな人」でしかないでしょう。

でもまぁ、じぶんと同じような人だっているかもしれないよな。などと思うにいたり、このような「打ち明けバナシ」をしているしだいです。

そんなわたしではありますが。じぶんなりの対策によって、「隣の芝生は青い症候群(←勝手に命名)」に以前ほど悩むことはなくなりました。ゼロではないあたり「まだまだ」なのですが。

それでも、大幅改善とは言っていい状況です。こうしてブログも続けているし、このような内容もオープンにできていることもありますし。

ということで、わたしなりの対策についてお話をしていきます。わたしと同じように「隣の芝生は青い症候群」に悩まれる方のご参考になれば、との思いです。

「隣の芝生は青い症候群」への3つの対策
  1. 距離を置く
  2. 鍛錬を積む
  3. 行動を重ねる

 

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「隣の芝生は青い症候群」への3つの対策

《対策1》距離を置く

他の人が書いたブログを見るのがツラい… というのなら。「ひとまず」は、距離を置いてみるのもひとつの方法です。ツラいなら見ない。

実際にそうしてみると、なんだか逃げ出したような気持ちになるかもですが。

とはいえ、ツラいものを見続けているのでは、ツラいばかりで気も滅入ってしまいますからね。ひとまず逃げることも必要でしょう。三十六計逃げるにしかず、です。

ブログを書いている身からすると、「他の人が書いたブログを読む」というのはだいじな勉強のひとつであり。勉強である以上、ツラくてもやらねば!との思いがあるものです。わたしがそうでした。

決められたことはきっちりやる、やらないと気持ち悪い的な「きちょうめん」なタイプの人が陥りやすいのではないでしょうか。もっとも、わたしが「きちょうめん」かと言うとビミョーなところはありますけれど。

きちょうめんと言うよりは、Mなのかもしれない。苦しいのが好きなのかもしれない。どうでもいいです。いずれにせよ、「距離を置け」という話をしています。

ブログだけではなく、SNSなんかもそうですね。Twitterにしても、Facebookにしても、Instagramにしても、「やっている以上は見なきゃ(この「見なきゃ」という義務感・強迫観念がクセモノ)」とツラくても見てしまう。

これはわたしの私見にすぎませんが、SNSには「隣の芝生が青く見える情報」にあふれています。キラキラ輝いている投稿が多い。

こんなイイことがありました!こんなスゴいことができました!などなど。そのキラキラゆえに、見ているこちらはじぶんと比べてツラくなるわけです。

でもまぁ、わたしも含めて、「キラキラしているじぶんを見せたい」というのは人のサガ(もちろんそうでない人もいます)であり、「キラキラしている情報を発信しがち」なのがSNSだとも言えます。

したがって、SNSは「いささか青い芝生情報が多すぎる」という割り切りがあってもよいのではないでしょうか。

ブログにしてもSNSにしても。ツラいのならば、「ひとまず」は距離を置く。これによって、気持ちを落ち着けることができ、距離を置いた分だけ時間をあけることができます。これが1つめの対策の狙いでした。

けれども、それは「ひとまず」に過ぎません。根っこの問題はなにひとつとして解決していない… というわけで、2つめの対策に進みましょう。

《対策2》鍛錬を積む

距離を置くという対策によって、「気持ちを落ち着けて、時間をあけることができる」というお話をしました。そこで2つめの対策、「鍛錬を積む」です。あいた時間で鍛錬を積みます。

結局のところ、「隣の芝生は青い症候群」の問題は「じぶん自身」なんですよね。

たとえば、うらやましいとか、ねたましいとか。そのような感情自体が浅薄だということもありますが。そもそも、ほんとうにうらやましいものなのか、ねたましいものなのか。じぶんもほしいものなのか? との疑問があります。

つまり。じぶん自身が「どうありたいか」がはっきりしないがために、じぶんに無いものはなんでもかんでもうらやましく、ねたましく見えてしまっているだけなのではないか。

実際、わたしはそのあたりの混在がありました。開業したばかりのころ、ブログをはじめたばかりのころは「どうありたいか」もよくわからずに、ほんとうにうらやましいものとそうでないものとを区別できずにいました。

隣の芝生がどんなに青くても、それがじぶんの求める青でなければ、うらやましがる必要はないのですけどね。区別ができずに混在していると、どんな青でもうらやましくなってしまいます。

ですから、ここで言う「鍛錬」とは。じぶんが「どうありたいか」を見つけて、そこにできるだけの集中をする、ということです。

具体的には人それぞれ、いろいろやり方はあるものと思います。ご参考として、わたしがやってきたこと・やっていることを挙げると…

〇年後のじぶんをイメージする

わたしの場合、気を抜くと「とりあえず急ぎなこと・カンタンなこと」ばかりをこなしがちになります。目の前のものごとに場当たり的に対応することになりますから「どうありたいか」以前に、どうにもなれません。

そこで、わたしがやっていることは〇年後のじぶんをイメージすることです。たとえば、3年後、5年後、10年後。仕事なら仕事で、どんな毎日を送っていたいのか? を想像します。どうありたいか、ですね。

どうありたいかのイメージを持てれば、そこへ向かってなにかしらの「やりたいこと・やるべきこと」は見えてくるものです。逆算です。それを毎日の生活のなかに織り込むことができれば、場当たり的な毎日からは離れられます。

この点で。たとえ、1日5分でも10分でも、「やりたいこと・やるべきこと」を織り込むことが大切でしょう。続けることで自信が持てるようになりますし、もっと時間を増やしていこうとのきっかけにもなるからです。

ランニングする

独立開業したときに健康のためにはじめたランニング。いまでは、じぶんと向き合うための時間にもなっています。

走っているあいだは「作業(走る以外の)」からは離れることができるので、いろいろと考えごとをするにももってこいです。

じぶんが「どうありたいか」や、そのために「やりたいこと・やるべきこと」などを思案しながら走るのもよいでしょう。

ふだんは目の前の作業に追われて、考えごともなかなかできない… という人にはとくにおすすめ。健康にも役立つし、じぶんと向き合う時間も持てて一石二鳥です。

また、ランニングを続けるには「時間」が必要です。それほどたくさんの時間はいりませんが、1回あたり30分から1時間くらいの時間はいるでしょう。

その時間をとりたいと考えると、「ほんとうはやらなくてもいいのにやっていること」はないか? に目が向くようになります。けっこう、ふだんから余計なことをやっていたりもしますからね。

それらをやめることができれば、「やりたいこと・やるべきこと」がやりやすくなりますし、ありたいじぶんに近づきやすくもなるでしょう。ランニングにはいろいろな効果がる、ということです。

瞑想する

瞑想という言葉には、どこかしらスピリチュアルな響きもあるのでしょうか。少なくとも、わたしは以前、「なにやらうさんくさいもの」だと見ていました。

でも、瞑想は科学的にもさまざまな効果が証明されているものです。わたしもいまは瞑想をする習慣があります。わたしの場合は目をとじて3〜5分、じぶんの呼吸に集中する。

瞑想と聞くと、「心を無にするの?」と思われる方もいるかもですが(わたしもそう思ってました)、そうではありません。そもそも、心を無にするなど凡人にできることではないですし。

そこで、たとえば呼吸に集中するわけです。吸って〜吐いて〜、これで1回。呼吸の回数を数えることに集中します。これによって、ほかの考えごとを排除して「いまここ」に集中することができます。

いわゆるマインドフルネスですね。「いまここ」に集中することができれば、「やりたいこと・やるべきこと」に集中するチカラにもなるでしょう。「どうありたいか」に集中することにもつながるでしょう。

というわけで。わたしはおもに「〇年後のじぶんをイメージする、ランニングする、瞑想する」ことが、鍛錬を積むための習慣になっています。

これらを通して、ありたいじぶんに近づいていることを実感できれば、「ひとまず」は距離を置いていたブログやSNSとも、ふたたび距離を詰めることができるのではないでしょうか。

それでもまだ、「うらやましい」や「ねたましい」はあるかもしれません。

けれども。じぶんの求めていない青にはとらわれない、じぶんが求めている青に目を向ける。そのうえでの「うらやましい」や「ねたましい」であれば、そこまで悪いものでもないだろう、とわたしは考えています。

《対策3》行動を重ねる

鍛錬を積むことで「どうありたいか」も見えてきた。「やりたいこと・やるべきこと」もある、というのなら。あとは行動あるのみ、です。

さきほど、1日5分でも10分でも「やりたいこと・やるべきこと」を織り込むことが大切だ、という話をしました。

そのための具体的な方法として、「1日のスケジュールを立てる」ようにしています。できたらやろうとか、空いた時間でやろうとかがうまくいったためしがない、との経験を何度もしているからです。

だから毎日、朝イチで1日のスケジュールを分単位で決めてしまいます。〇〇は何時から何分かけてやる、と時間を割り当てておく。こうしておくと、「無策」でいるよりもはるかに実行できる可能性が高まるのです ↓

守られないスケジュールを立てる理由

『守れないスケジュール』をあえて毎日立てては実行している5つの理由

このあたりのやり方は人それぞれですが、「やりたいこと・やるべきこと」をできるだけ行動に移すために、なんらかの「具体的な工夫」を講じることが大切だと考えています。

それが、わたしの場合には「1日のスケジュールを立てる」だということです。

それからもうひとつ、「やらないことリスト」の確認も毎朝やっています。文字どおり、やらないことをリストにしたもので、思わず誤った行動をしないようにするための工夫です。

やっぱり人間、そうかんたんには変われないものらしく(わたしは)、やらないぞ! と決めたことでもやってしまうのですね。たとえば「褒められたい、を判断基準にする」とか(言うのもお恥ずかしいハナシです…)。

このように、やらないと決めていることをやってしまうのは、じぶんが「どうありたいか」に反する行動だとも言えます。日々行動を重ねることもだいじですが、その行動をかえりみることもまただいじ。

だから、わたしにとっては「1日のスケジュールを立てる」ことと「やらないことリスト」はセットです。

ここまで、「隣の芝生は青い症候群」の対策として3つ、お話をしてきました。距離を置く、鍛錬を積む、行動を重ねる、の3つです。

距離を置くことでひとまず落ち着く。落ち着いたら鍛錬を積むことで「どうありたいか」をイメージする。「どうありたいか」がイメージできたら、そこへ向かって行動を重ねる。

これらを通して、ありたいじぶんに少しずつでも近づくことができれば、「隣の芝生の青さ」に悩むことも少なくなるのでないでしょうか。

他人は他人、じぶんはじぶんです。

比較が必要になることもありますが、比較しなくてよいものまで比較をしてツラい思いをすることがないように。そして気持ち穏やかに、他人のブログを見ることも、じぶんのブログを書くこともできるように。

「隣の芝生は青い症候群」への対策を試みましょう。

 

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まとめ

もしも、他人のブログを見るのがツラい、その結果として、じぶんがブログを書くのがツラくなる… に悩むことがあるのなら。

わたしなりの対策ではありますが、解決へのご参考になるのであれば幸いです。

「隣の芝生は青い症候群」への3つの対策
  1. 距離を置く
  2. 鍛錬を積む
  3. 行動を重ねる

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