銀行融資を受けている会社の社長のよくある疑問、「適正な借入残高はいくらなのか?」について、お話をしていきます。
アテにならない借入金月商倍率
銀行から融資を受けている、あるいは、受けようとしている会社の社長に、「よくある疑問」のひとつとして。適正な借入残高とはどれくらいなのか? というものが挙げられます。
つまり、銀行からいくらくらいまでなら借りてもよいのか? いくらくらい借りると借りすぎになるのか? という疑問です。たしかに、「借りすぎ」は気になりますよね。
この点で、しばしば見かける指標が「借入金月商倍率」です。算式であらわすと、
借入金月商倍率(倍) = 借入金 ÷ (年間売上高 ÷ 12ヶ月)
上記のとおり、いまの借入金残高を、平均月商(年間売上高 ÷ 12ヶ月)で割り算する。その結果として、「借入金が月商の何ヶ月分に相当するのか」をはかる指標が、「借入金月商倍率」になります。
この借入金月商倍率の値が大きいほど、借りすぎなので危険。値が小さいほど安全。一般的には、借入金月商倍率が「3倍を超えると要注意、6倍を超えると危険」が目安とされています(厳密には、業種・業態によって目安は異なります)。
「要注意」となれば、銀行融資を受けるのも難しくなるのは言うまでもありません。また、「危険となれば、これ以上の融資を受けるのはムリ、などとも言われているわけですが。
実際には、借入金月商倍率が高くても、ふつうに融資を受けられる会社もあって(理由は後述)、「あまりアテにはならない指標」でもあります。そういう意味では、「あくまで目安」の指標です。
では、代わりになる目安はないものか? というわけで、このあとお話をしていきます。
適正な借入残高の目安は債務償還年数で
結論として、適正な借入残高の目安に「債務償還年数」という指標をおすすめします。算式であらわすと、こちらです↓
債務償還年数(年) = 借入金 ÷(税引後利益 + 減価償却費)
算式後半のカッコ内、「税引後利益 + 減価償却費」は、1年のあいだに増えるおカネ(現金預金)をあらわしていて、「簡易キャッシュフロー」などとも呼ばれます。
税金を払ったあとの利益(税引後利益)に、支出をともなわない費用である減価償却費を足し戻すのが、簡易キャッシュフローの考え方。なんのこっちゃ? というのであれば、こちらの記事も参考にどうぞ↓
なにはともあれ、簡易キャッシュフローは「1年のあいだに増えるおカネ」であり、言い換えると、「1年のあいだに返済にあてられるおカネ」でもあるわけです。
したがって、債務償還年数とは、「いまある借入金を何年で返済できるか?」をあらわす指標になります。
そもそも、借入金を返すのに必要なのは「売上」ではなく「利益」です。売上がいくらあったところで、仕入や経費の支払いでおカネを使い切ってしまえば、借入金を返済することはできません。
そう考えると、「売上」をモノサシにしていた借入金月商倍率は少々的外れである、というのが、借入金月商倍率がアテにならない理由のひとつです(理由はほかにもありますので後述)。
なお、銀行は、債務償還年数が「10年超は借りすぎ」という見方をしています。この水準を超えると、融資は受けにくくなるものです。これもふまえて、適正な借入残高の目安は「7年以内」と考えておくとよいでしょう。
というわけで、債務償還年数が7年以内が、適正な借入残高の目安。債務償還年数がどうなるかは、「税引後利益しだい」という点もポイントです。利益を出さないと、つまり、税金を納めないと融資を受けるのが難しくなります。
現金預金と経常運転資金を考慮せよ
債務償還年数について、実は、話はこれでおわりではありません。なぜなら、借入金のなかには「実質的に借入金ではない借入金」もあるからです。
ひとつは、手持ちのおカネ(現金預金)です。もし、1億円の借入をしても、その1億円がそのまま手元に置いてあるとしたら。いつでも完済できるのですから、実質的には借入をしていない、とも考えられますよね。
なので、債務償還年数の計算をするときには、「借入金の金額から現金預金の金額を引く」という考え方を覚えておきましょう。こういうことです↓
債務償還年数(年) =(借入金 ー 現金預金)÷(税引後利益 + 減価償却費)
これと同じように、「経常運転資金」もまた、借入金の金額からマイナスします。経常運転資金とは、「売上債権 + 棚卸資産 ー 仕入債務」で計算される金額です。
売掛金(売上債権)や在庫(棚卸資産)は、近いうちに現金化される可能性が高い資産になります。
とはいえ、現金化されるまでは資金繰りが厳しくなるので、その分の融資を受けるのが財務のセオリーなのですが。銀行からすると、経常運転資金分の融資は、売掛金や在庫は現金化して回収できると考えられますから、その分の借入は「無いのといっしょ」と考えることができます。
ちなみに、経常運転資金の計算で「仕入債務(買掛金や支払手形)」をマイナスしているのは、売上債権とは逆に、近いうちに支払をしなければいけないからです。
結果として、債務償還年数の算式は次のようになります↓
債務償還年数(年) =(借入金 ー 現金預金 ー 経常運転資金)÷(税引後利益 + 減価償却費)
したがって、現金預金や経常運転資金の金額によって、適正な借入金の金額は異なるということです。この視点が抜け落ちているため、やっぱり借入金月商倍率はアテにならないなぁ… となります。
借りかたが問題になることもある
話はもう少し続きます。債務償還年数によって、適正な借入金の「金額」については目安がわかったとしても。実際に、その借入金を返済できるかどうかは、また別の話です。
なぜなら、同じ借入金の金額だとしても、「返済するスピード」がいっしょではないから。同じ 3,000万円を借りているA社とB社とがあったとして。A社は毎月 100万円返済をしているのに、B社は毎月 50万円しか返済していない、ということはありますよね。
このとき、A社が毎月 100万円を返済できるだけの「簡易キャッシュフロー」を生み出していればよいのですが。そうでない場合、つまり「返済額 > 簡易キャッシュフロー」の状態にあると、A社は手持ちのおカネを取り崩しながらの返済となります。
その状態が続けば、いつかは「資金ショート」を起こしてしまう… これは問題です。では、どうするか?
返済のスピードを確認して、速すぎるようであれば、返済のスピードを「減速させる」ことです。返済のスピードを確認するには、さきほどふれたとおり。いま現在の返済額と、簡易キャッシュフローとを比較します。いちおう、算式であらわすと↓
向こう1年の年間返済額 < 税引後利益 + 減価償却費
なお、「税引後利益 + 減価償却費」は、これから先の「予測(計画)」になります。これを見て、カンの良い人は気づいたことでしょう。「年間返済額についても、現金預金と経常運転資金を考慮すべきでは?」と。
そのとおりです。年間返済額のなかには、「借入をしたけれど、使わずに手元に置いている(現金預金)」分の返済もあるでしょう。これは、手元にあるおカネを返すだけですから、簡易キャッシュフローがなくてもだいじょうぶです。
また、経常運転資金分の借入については、通常、あるていど返済をしたら、返済をした分の借り直しができます(折り返し融資、などと呼ばれます)。これは、ある意味「借りっぱなし」ですから、経常運転資金分の返済額は除いて考えてもよいでしょう。
これらを考慮すると、返済スピードの確認は次のとおりです↓
向こう1年の年間返済額 ー 使わずに手元に置いてある分の返済額 ー 経常運転資金分の返済額
< 税引後利益 + 減価償却費
以上から、返済スピードの確認をしたうえで、スピードが速すぎるようであれば、減速をはかることになります。その方法は、「一本化」です。
あたらしい融資を受けるときに、既存の融資もいっしょにまとめて、返済期間を延ばすことで、毎月の返済額を減らすことができます。これが、一本化の効果です。一本化について、くわしくはこちらの記事もどうぞ↓
まとめ 〜借りられるうちは適正額
銀行融資を受けている会社の社長のよくある疑問、「適正な借入残高はいくらなのか?」について、お話をしてきました。
借入金月商倍率は、適正な借入残高の目安になるようでいて、あまりアテにはならないこと。代わりに、債務償還年数が目安になる。その際、手元の現金預金と経常運転資金を考慮しましょう。というお話です。
そのうえで、返済スピードにも注意をする。これも、忘れないようにしましょう。資金繰りの良し悪しに、大きく影響するところです。そして、さいごにもうひとつ。
適正な借入残高については、「銀行から借りられるうちは適正額」との考え方もあります。銀行は、「返済してもらえる相手」にしかおカネを貸しません。貸出の原資は、基本的に、預金者からあずかっただいじな預金だからです。
返済してもらえるかわからないような相手に貸して、返してもらえなければ、「取り付け騒ぎ(信用不安による、預金者の一斉引き出し)になりかねません。
だから、銀行はきちんと「融資審査」をしています。その審査をクリアできる、つまり、融資を受けられるうちは、適正な借入だと言えるでしょう。逆に、銀行から融資を断られるようなら、危険水域だ… ということになります。